日本SF大賞、星雲賞などいくつもの賞に輝く実力派・飛浩隆氏の書き下ろし新作SF短編『海の指』を特別公開!

2015年第46回星雲賞【日本短編部門(小説)】を受賞しました!

海の指 (1/8)(2014/10/14)

 卓袱台に朝食が並ぶ。ごはん、目玉焼き。おひたし。日差しがガラスの醤油差しに明るい点を打つ。内川志津子は味噌汁の椀を出す。夫の和志は佃煮でご飯をかき込んでいる。

 茶の間の14インチのブラウン管にはいつものアナウンサーが映っていて、手元の原稿を訥々と読みあげる。水道管工事に伴う道路規制、消防署から訓練のお知らせ、犬の鑑札……。このアナウンサーは役場の職員で、昼間は保険証の仕事をしているのだ。志津子もご飯を食べる。

「では【海象/かいしょう】予報をお伝えします」

 志津子は目を上げる。和志は気に留めず汁を啜っている。画面には志津子たちが暮らすこの“島”——【泡洲/あわず】の簡略な地図が映る。四方を海に囲まれた、小さな四角い陸地。その北東の象限にカメラが寄る。海岸線にそってすべてに「晴れ」のサインが灯っている。志津子のほっとした顔に、

「あてになるもんか、そんなの」

「気分がいいだけましだわ」

 和志はランニングシャツとズボンのなりで立ち上がり、作業服の上をはおる。胸も腕も若く引き締まっている。まだ青年の身体なのだ。

「めったなことじゃ荒れないよ」

「私〈【灰洋/うみ】〉は嫌いなの。今夜何がいい」

「鰯の生姜煮」

「またそれ?」

 志津子は微笑む。和志は口下手で冗談はうまくない。それが可愛い。

「海のサカナなんて、食べたこともないくせに」

 鰯の生姜煮が泡洲の食卓に上がることなど、絶対ありえない。

 玄関で志津子は靴べらを渡してやる。小さな借家、コンクリートを張った玄関に並んだ大小二組の革靴。和志は、弁当の入った手縫いの袋を受け取り、靴べらを返す。からりと引いた戸の外、小さな前庭は小手毬の花で埋め尽くされ、まぶしいほど白い。自転車にまたがる和志の背には、会社の名前がオレンジ色の糸で縫い取りされている。「泡洲音響工作」と。

【彼岸流/ひがんりゅう】には気をつけてね。くれぐれも」

 返事は「ハムカツがいいな」だった。

 志津子は食卓を手早く片づけ、元栓を閉める。事務服に着替えて家を出る。木造の平屋がたてこむ住宅地、板塀と生け垣に挟まれた細い未舗装の路地を進む。幅5メートルほどの舗装された道に出ると、そこからは長い下り坂だが、狭く折れ曲がっているので、見晴らしは良くない。【灰洋/うみ】は屋根と屋根の間に時折わずかに見えるだけだ。

 そのかわり視界を圧倒的にふさいでいるのは、道の先に聳える石造りの大門だった。

 かつて〈海の指〉によって灰洋の底から陸地に押し出され、そのままこの坂道に居座ったイスラム風の建物だが、それは世界が灰洋に支配される前、かつてコンスタンチノープルと呼ばれる都市があった頃、グランド・バザールの東側に設けられていたヌルオスマニエ門に瓜二つなのだった。

 そんな名前を志津子は知らない。だから門の先にあるのがバザールの建物ではないことにも疑問を抱かない。オスマン様式のドームをむやみに扁平にしたような大屋根を、モロッコのモスクで使われるような緑の彩釉瓦で葺いてあることも、そのかたわらに立つミナレットが、遠くサハラ北部にあるような日干し煉瓦を積み上げた先細りの形をしていることも、そしてそのどれもがオリジナルとはかなり違っていることも、なにひとつ不思議とは思わない。

 門をくぐり大屋根の下に入ると眺めはさらに奇妙になる。道路が左右だけでなく上下にも分かれているのだ。高さのある空間を生かして4、5階層が形成されている。志津子は海岸通りへの近道になる第2階層へ歩いていく。

 グラン・バザールを立体的な蜂巣状に成長させたらこうなるだろうか。建築様式のパッチワークぶりは外観をさらに上回っているが、しかしその構造にはめ込まれているのは、いかにも不釣り合いな饗津商店街の店々なのだった。志津子が進む道のかたわらには八百屋、荒物屋、クリーニング店、電器店がある。一階層下の通り沿いには理髪店のねじりん棒が回り、豆腐屋のおかみさんが店の前に揚げたてのがんもどきを並べているのが見えた。文具店は店先に学年誌や絵本の陳列ラックを置いている。薬屋の前ではカエルとゾウがうなずきあっている。大天井のいたるところには大きな開口部が設けられ、採光も通気もよく、この空間全体はほどんど屋外の気配をかよわせているのだった。舗装や側溝や電柱はもちろん、道ばたの雑草まで門の外と変わりない。階層をつらぬいて天蓋を支える巨大な列柱には饗津土着の植物がびっしりと取り付き、それらが張り渡した枝々には新緑が萌えていた。昔ながらの町、海に面した斜面という地形、そして異国の巨大建築がシームレスに融合している。

 これも、やはり〈海の指〉がもたらしたものだ。

 帰りは忘れずにハムカツを買わないと——志津子は一階層下にある肉屋の看板を見下ろしながら商店街を抜けた。通路はそのまま下り坂の延長につながっており、そこを降り切ると町一番の大通りに出る。片道一車線で両側に歩道もある。そこを渡ってさらに海岸へ近づく。

 饗津の町は山が海ぎりぎりまで迫っていて、平地の奥行きはせいぜい4、5キロしかない。いま志津子は平地のちょうど真ん中あたりにいることになるが、ここで立ち止まって振り向けば、町の背後に屏風のように展開する斜面をびっしりと建築物が覆っているところを見ることになるだろう。スズメバチの巣のような白茶色の球体がある。玩具ブロックを積み上げたものを上下逆さに据えたような「城」がある。ガラスと金属を帆船の帆のように展開したものがある。天を衝くような鋭い尖塔の群がある。時代も様式も異なる建築が山裾から山頂まで、ウロコのように重なり合いながらびっしりとこびりついているのだ。仔細に見ればその起伏のなかにティカルの碑文神殿、グッゲンハイム美術館、ケレタロのサンタ・クララ聖堂、デヴァター像を擁するバンテアイ・スレイ、ロンシャンの礼拝堂、ポタラ紅宮、黄金の神像で飾られたワット・プラケオ、など数限りない大建築の姿を見てとることができるだろう。あるものは原型を鮮明にとどめており、あるものは溶けかけた蝋燭のように形を失いかけ、また建築同士が交配して新たなキメラとなっている場合もある。

 〈海の指〉は実にさまざまな形でこの町を襲うが、何回かに一度の割合で、大量の建築物を【灰洋/うみ】から【陸/おか】に押し出してくる。しばらくすると次の〈海の指〉が起こり、その堆積をさらに陸に押しやる。度重なる災禍が年輪のように降り積もった結果が、志津子の背後の山であり、この町そのものであり、そのことを思い知らされるのが嫌いだから志津子はめったに振り向かない。

 さらに進み、海岸に沿う二車線の通りに出るとそこを左へ。向こうからバスが来る。この土地ただひとつのバス会社、泡洲交通の車両。運転士が目礼してくる。そのバスの後を追う形で志津子は歩く。右手に堤防、左側が町。〈海の指〉の痕跡はそこら中に見える。奇妙な建築、不可解な道路の繋ぎ方、全部そうだ。

 小さなクラクションが背中に噛みつく。ふり向くと風防眼鏡で顔をおおった女性が微笑んでいた。先輩社員の花枝だった。花枝はスクーターを降り、志津子と並んだ。風防を上げると、つんととがった小さな鼻、大きな目が現れる。

「いやねえ。陽射しきついわあ……」

飲み屋のお姐さんのようにハスキーな声だ。

「ね、貸して。一本」

 志津子はバックからたばこを取り出しマッチを擦ってやる。花枝はすぱすぱとせわしく火をつけ、ふーと煙を吹くと、くわえ煙草でスクーターを押す。5分ほどで2人の勤め先に着く。その5分を借りた煙草で楽しむのが花枝の日課になっている。勤め先、泡洲交通の本社はもう見えている。泡洲の主だった町々を結んで路線バスを走らす。社員70人といえば泡洲でもちょっとした大企業だ。



 人口8000ほどのこの町は【饗津/あえづ】といい、泡洲では最大の町である。泡洲の人口はぜんぶ合わせても7万に満たない。それが「四国の半分ほど」と言われるこの陸地に住む人の数だ。

「四国の半分ほど」

 しかし「四国」がどんな形をしていたか知る者はいない。多くの知識、情報ははるか昔に日本列島とともに失われてしまった。言い伝えはある——かつて日本という国があり、泡洲の住人や言語はその日本に由来しているらしいということは。しかし、その日本とやらがどこにあったものか、そもそもこの「泡洲」と呼ばれる陸地が、日本列島と関係あるのかどうかさえ、誰も知らない。

 21世紀の中ほどまであった世界は、掛け値なしに、そっくり消えた。

 想像を絶するような惨禍があったはずだが、その記録は受け継がれていない。その大変化がいつ起こったのか——曽祖父の頃なのかさらにその先々代なのか、すべてはぼんやりとしている。

 【灰洋/かいよう】の色のように。

 泡洲の四角い陸地を、〈【灰洋/かいよう】〉と呼ばれる、灰色ののったりとした広がりが取り囲んでいる。誰もがそれを「うみ」と呼ぶ。それ以外の表現方法がないからだ。しかし灰洋は水ではない。見た目はそば粉を溶いたような、灰色の重さのある流体であるけれども、それに触れた物質は一瞬で極微に分解され流体の一部となってしまう。——志津子の前の夫がそうだったように。

 灰洋は極地から赤道まで地球全域を覆っているらしい。泡洲のような小さな陸地は他にもあり、機能を残した衛星回線の狭い帯域を介して細々とメッセージをやりとりすることはできる。そうやって情報をかき集めた限り、人類は1千万人くらいは生き残っているようだ。

 海洋の100パーセントと陸地の99パーセントは、灰洋と化した。人類も1パーセントを残して灰洋に溶けた。

 灰洋は地球を完全に支配した。灰洋が通常の意味で「物質」であるかどうかさえ判らない。泡洲の人々ができるのは、わずかばかりの恵みを灰洋からかすめて生き延びることだけだ。よその993万人もきっとそうしているのだろう。

 これが、志津子のいる世界だ。



 電柱に取りつけられたスピーカーから音楽が流れ出す。町の有線が1日3回、朝、正午、夕方に「春の日の花と輝く」を流すのだ。ストリングスを従えてトランペットが歌う旋律を聴きながら、社員通用口でスリッパに履き替え、事務室に上がる。古い新聞を片づけ、花瓶の水を新しくする。据え置きの金庫から、社印の箱や手提げ金庫、定期券の用紙の束などを決められた場所に出す。お茶を淹れて配り終えると始業の3分前だ。

 2人はカウンター際の席について仕事を始める。そろばんを弾く。伝票を起こす。ブルーブラックのインクで帳簿をつける。税金と社会保険料を計算して給与明細を作る。カーボン複写で請求書を作り封筒に入れる。客に定期券を売り回数券を売る。応接間にお茶を出す。働くうちに壁かけ時計の針が12時を指し、ぼーんぼーんと鳴る。外の電柱で「春の日の花と輝く」が流れる。

 休憩までにはまだ1時間あるが、少し手を止めて志津子は息をつく。曇ってきたようだ。朝よりも少し暗い。

 と、遠雷に似た音がとろとろとろと鳴った。

(海の方かしら)と志津子は考える。(和さん、もうお弁当食べたかな)

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この『海の指』から『銃夢』木城ゆきと氏がインスパイアされた読み切り『霧界』(2014年10月28日発売「イブニング」22号掲載)を公開中!

木城ゆきと『霧界』

プロフィール

飛浩隆(とびひろたか)
日本SF大賞、星雲賞などいくつもの賞に輝く実力派SF作家。
『象られた力』で日本SF大賞を受賞。