阿部和重 取材・構成 門倉紫麻 阿部和重の漫画喫茶へようこそ!

マンガ好きの小説家・阿部和重さんが、
喫茶室でコーヒーを片手にマンガについてしゃべりまくる
【阿部和重の漫画喫茶へようこそ!】

毎月100冊近く出版される「1巻」の中から、
モーニング編集部がチョイスした7冊を読んでいただき、
小説家ならではの、また映画に造詣が深い阿部さんならではの視点で
「マンガの現状」に迫ります!

(取材・構成=門倉紫麻)

『阿部和重の漫画喫茶へようこそ!』は電子書籍化にともない公開を終了しました。

【第68回】『思い、思われ、ふり、ふられ』(2018/01/01)

第65~68回はこの7冊を読みます!

  1. 星野之宣『レインマン』①巻(小学館)
  2. トウテムポール『或るアホウの一生』①巻(小学館)
  3. 岩城宏士『スモーキング』①巻(講談社)
  4. 河内遙『涙雨とセレナーデ』①巻(講談社)
  5. やまじえびね『レッド・シンブル』①巻(KADOKAWA)
  6. 咲坂伊緒『思い、思われ、ふり、ふられ』①巻(集英社)
  7. ルノアール兄弟『少女聖典べスケ・デス・ケベス』①巻(秋田書店)




第68回
【ベタな王道パターンを「使いこなす」ということ。】


脱構築的な展開を駆使した傑作少女漫画…『思い、思われ、ふり、ふられ』



阿部 結論から申しますと、これは傑作ですね。素晴らしいと思いました。

——おお! そうですか!

阿部 まずタイトルが良くて。これはニキビのことですよね? おまじないというか。

——あ、ニキビできた場所で恋を占う、という。

阿部 そうそう。ニキビができるような10代の、思春期のドラマであるということ、恋愛ドラマであるということ、すべてが読み取れるタイトルになっている。内容としては、もう少女漫画の直球ど真ん中と言っていいくらいの恋愛劇で。作者が、どこまでもど真ん中で行くぞ! と狙って描いているのがわかる。最初に出てくるのは、高校への進学を機に友達と離れ離れになってしまう、奥手な女の子。その少女が道端で王子的な男子と偶然に出会うという、これが王道と言わず何が王道だというくらいの出だしで。でも、いきなりその王子男子に「ウンコ」って言わせちゃう(笑)。そこで「え!?」と読者に思わせる、このセンスがうまいなと。これみよがしにやるんじゃなくて、ウンコを踏みそうになっている女の子を「踏むよ」とパッと止めてくれる。それが出会いなわけですよね。

——女の子も「王子様なのにウンコって言った…」と衝撃を受けています。

阿部 王道でやってるなと見せつつ、イメージをスッと変える。ちょっと脱構築的な展開をうまく駆使しているなと。全編それでうまく作ってるんですよね。王道のほうもこれみよがしじゃなく、すんなりとさらーっと描いている感じなんですよねえ。王道中の王道を使いこなしている感じなんです。王子との出会いの後に、今度はその後親友になるもう一人の少女との出会いがあるわけですが、お金を貸してほしい、と頼まれる出会いで。彼女も自分と同じく離れ離れになる友達を送りに行く理由で駅に来ていた、とわざと「重ねる」わけですよね。作者はそういった形式性への意識が高いというのがここからよくわかる。重ねることで説話上の効率性が上がるし、印象が強まって、さらに二人の関係性が強まっていくんだろうということも読み取れる。で、お金の貸し借りなので、もう一回会うから、そこから関係も結ばれていくという……。本当にね、これぐらい効率性が考え抜かれた作風っていうのはちょっとほかにないなというくらい、すさまじいなと思いました。

——「偶然の出会い」の描き方が、そこまで考え抜かれていたんですね。

阿部 翌日の再会で明らかになるのが、二人は同い年で、同じ高校に進学予定で、そして、同じマンションに住んでいるということ。いつの間にか「同居もの」展開になっているんです。さらにその設定を単に語って説明させるんじゃなくて、主人公が奥手であるという性格を描写するうえで、設定が同時にわかるようになっている。説明が流れの中で作品世界に溶け込んでいるんです。奥手な少女は恋愛を夢見ているタイプ。それに対して新しく友達になった女の子は現実主義的というか能動的に自分から恋愛を働きかけていくようなタイプで。ここで完全に対照的なキャラクターをしっかりと作り出している。しかも初めて二人が家で話した時に、奥手な子が少女漫画が好きなんだっていう会話から、それぞれの恋愛観をめぐる会話になっていって。お互いの価値観というものが会話の中で見えるようになっていく。それぞれの価値観の違いみたいなものをほとんど議論のような形で闘わせていく、あるいはそれによってお互いを知っていくっていうのが、この漫画の根幹で。ほとんど恋愛論の本質に迫るような流れになっていますよね。

——「ダブルヒロイン」とうたっているので、確かに女の子二人の価値観の違いを描くのがメインなのだと思います。

阿部 一見すごくベタな高校生による少女漫画の恋愛劇で、もちろんそういうストーリーもしっかり語りながら、そこに見えてくるものは、異なる価値観のぶつかり合いと恋愛論。それを批評的にとらえていくような、非常にクリティカルな構築性を持った作品になっている。その手並みがすごいなと思いました。ベタな王道パターンを使いこなしながら、ベタなままで終わらせるのじゃなくて、そこからうまく構造を作り出して本当に自分がやりたいこと、批評性のあるものにつなげていく……その手つきが大変なものがあるなと。

——作者の咲坂さんは、まさに王道少女漫画のトップランナーと言える方で。映画化もされた『ストロボエッジ』『アオハライド』という2作が連続して大ヒットしています。恋愛に能動的でカジュアルに男の子とつきあえるような少女もヒロインとして出すことについて、作者自身が「一応長い連載をやらせていただいたので挑戦するなら今しかないと思いました」とおっしゃっていたので、阿部さんのお考えの通り、かなり意図的に色々なことを組み立てていると思います。

阿部 やはり。そうだと思うんですよ、これは。受動的な女の子が出会った王子男子は、能動的な女の子の双子の弟、と思いきや実は血のつながらない、母親の再婚相手の連れ子だったということが巻末で明かされる。それももうメロドラマのベタ中のベタの設定ですが、もう一人、受動的な女の子の幼なじみも加わって、見事に「同居もの四角関係」の構造を作り出す。でもそこまで読んで、これベタなことやってんなーって思う人はいないと思うんですよ。これはちょっと、すごい漫画だなと思いました。



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プロフィール

阿部和重
阿部和重(あべ・かずしげ)
1968年、山形県東根市出身。小説家。
1994年「アメリカの夜」で第37回群像新人文学賞を受賞しデビュー。その後、『無情の世界』で第21回野間文芸新人賞、『シンセミア』で第15回伊藤整文学賞・第58回毎日出版文化賞をダブル受賞、『グランド・フィナーレ』で第132回芥川賞、『ピストルズ』で第46回谷崎潤一郎賞を受賞。
近作に『クエーサーと13番目の柱』、『□』(しかく)、『Deluxe Edition』がある。
門倉紫麻(かどくら・しま)
1970年、神奈川県出身。漫画ライター。
Amazon.co.jpエディターを経て、フリーライターに。「FRaU」「ダ・ヴィンチ」「レタスクラブ」などで主に漫画に関する記事の企画・執筆、コラムの連載を行う。
著書に、「ジャンプ」作家に漫画の描き方を聞く『マンガ脳の鍛えかた』、宇宙飛行士らへのインタビュー集『We are 宇宙兄弟 宇宙飛行士の底力』『We are 宇宙兄弟 宇宙を舞台に活躍する人たち』がある。

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    阿部和重 取材・構成 門倉紫麻

    発売日:2017/11/22

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