阿部和重 取材・構成 門倉紫麻 阿部和重の漫画喫茶へようこそ!

マンガ好きの小説家・阿部和重さんが、
喫茶室でコーヒーを片手にマンガについてしゃべりまくる
【阿部和重の 漫画喫茶へようこそ!】

毎月100冊近く出版される「1巻」の中から、
モーニング編集部がチョイスした7冊を読んでいただき、
小説家ならではの、また映画に造詣が深い阿部さんならではの視点で
「マンガの現状」に迫ります!

(取材・構成=門倉紫麻)

【第89回】『グランドステーション ~上野駅鉄道公安室日常~』『17歳の塔』(2016/05/26)

第89~93回はこの7冊を読みます!

連載開始から丸2年、この7冊でついにラスト!

  1. 池田邦彦『グランドステーション ~上野駅鉄道公安室日常~』①巻(講談社)
  2. 藤沢もやし『17歳の塔』①巻(講談社)
  3. 衿沢世衣子『うちのクラスの女子がヤバい』①巻(講談社)
  4. 平方イコルスン『スペシャル』①巻(リイド社)
  5. 川崎宙『コントラスト88』①巻(集英社)
  6. タカハシマコ『棺の中は黄色いバラ』①巻(幻冬舎)
  7. 星崎真紀『魔法のリノベ』①巻(秋田書店)




【第89回】
「ジャンルの飽和化」の突破口とは?


全ての特徴が作品の構造に深く溶け込む:
『グランドステーション ~上野駅鉄道公安室日常~』



阿部 とうとう、最後の7冊、ということになってしまいましたね。さみしいですけれども、とりあえずの最後、ということで始めさせていただければと思います。

——よろしくお願いします!

阿部 今回も、読み応えがある作品が揃っていました。作者の方が作りこんでいるなあ、と思わせる作品がいくつかあったんですが……一発目の『グランドステーション』はその一つですね。大変凝った作りの作品で、感銘を受けました。「ウェルメイド」という一つの見方がありますが、その見本のような仕上がりになっていると思います。

——鉄道ものですね。

阿部 昭和40年代初頭の上野駅が舞台として明示されて、物語が始まる。絵も、まさに昭和40年代と違和感なくつながっていくような古風なタッチで。これまでにも鉄道の職員を描いた漫画というのはいくつかあったと思うんですが、この漫画では、鉄道の「公安職員」、つまり警察官のような役割を担う鉄道職員を描いている。主人公は上野駅に配属された新人の公安職員。理想家的な側面を持っているんだけれど現実に仕事を始めてみるとその理想とは違いがあって戸惑う……という、ここは王道ですが、そういうところから物語が始まっていくわけですね。

昭和の時代をストレートに描いているのでパスティーシュ、と呼ぶのは違うとは思うのですが、最近の潮流の一つである昭和漫画のパスティーシュに通じているような作風でもあって。また昭和40年代の鉄道に関する百科全書的な物語でありつつ、先ほども言ったように鉄道公安職員なので、実は刑事ドラマにもなっているんですよね。ジャンルの横断性があるという意味でも、今日的な傾向が見受けられると思いました。

——昭和漫画のパスティーシュについても(第52回第59回など)、ジャンルの横断性についても(第31回第63回など)、これまで詳しく語っていただきました。

阿部 そういったいくつかある形式性の特徴が、それぞれあまりにも際立っていて「この作品の特徴はこれ」と一つにまとめ上げられないんです。全部が深く作品の構造に溶け込んでいる。一つ一つが全部必要とされたうえで、この作品世界が構築されているわけです。作者はそれくらい緻密に、すべてを組み合わせているんですよね。

読んでいくと、当然ながらこの作者が鉄道に関して詳しい方であることがわかってくる。しかもこの作品の場合、単に鉄道に詳しいだけではなくて、「昭和40年代の」鉄道に関する知識を持っていなければならないわけですよね。昭和史という、全体の史実にもある程度は精通していなければならない。その時代の風俗にもそれなりの知識を持っていなければ、絵として再現できないので。いろいろな知識を必要とする漫画になっているので、ここまでの充実した世界観が構築できているんだなと思いました。

——昭和40年代らしいアイテムや背景が強調されすぎることもなく、自然に描かれています。

阿部 この世界観の構築のすばらしさは前提として……この作品で本当にすばらしいのはドラマの構成と作中人物のキャラクターの造形です。オーソドックスな作り方に徹しているんだけれども、作者は心憎いまでにその基本というものをよくわかっているなあと思います。このドラマをやるにはこれとこれが必要で、次の場面に行くにはこことここを組み合わせなければいけないとか、キャラの配置とその個性の描き分け、人物の背景の描き込み、そういうことを全部わかったうえで描いている。本当に見事だと思います。

キャラクターの造形としては、さきほどもお話ししたように、正義感に熱くて公安職員としての職業意識も高い主人公……なのですが、実は「浮浪児同然」だったというつらい境遇がある。

——「上野駅の地下道で浮浪児同然の生活を強いられ その後は施設で暮らしていた」と書かれています。

阿部 この陰影を感じさせる部分が、ドラマが進展していくうえでぐっと効いてくる。一般的には、主人公が新人キャラだと正義感が強いというところに傾きがちだと思うんですけど、この作品では主人公自身に暗い境遇をもってきて、二面性という彩りを与えている。主人公の相棒である先輩も、最初は頼りないなと思わせておいて実はすごく頼りになる優秀な公安職員だった、というオーソドックスではあるんだけれどいいキャラクターになっている。

——勤続20年のベテラン職員です。

阿部 彼らの担当業務は公安職員の中でも捜査ではなく、警備なんですよね。事件が起これば、捜査のサポートみたいなことをする。捜査官というのは別にいるわけです。最後のほうのエピソードでは、先輩職員が元捜査官で、彼らに関わってくる嫌な感じの捜査官をかつて指導していた、という過去もほのめかされていて。これもまた王道というか、こうなるよなあ、という展開ですね。

——二人の活躍で事件が解決された後、先輩が嫌な感じの捜査官に「公安にいられんようにしてやる」と捨てゼリフを吐かれて、過去に何があったのだろうと新人が思うところで1巻が終わっています。

阿部 ここまで描かれたら当然次を読みたいよね、と思わせて、第2巻につなげている。完璧にできているなと思いましたねえ。とにかくあとは、作者が思い描いた通りのことを最後まで描いていただきたいと思いました。

この作者はどういうご経歴の方なんでしょうか。

——元は鉄道関連のライター、イラストレーターだったそうです。2008年にちばてつや賞でデビューされています。

阿部 なるほどなあ。ちばてつや賞にふさわしい感じの作風ですよね。

——43歳でデビューされているので、今年で51歳ですね。

阿部 これまでの蓄積が今、発揮されている感じなのでしょうね。







その「重さ」を、人はリアリティと呼ぶ:『17歳の塔』



阿部 こちらはまた打って変わった作品で。中高一貫の女子高を舞台にした、スクール内カーストもの、とジャンル分けできると思います。作画だけ見ると、特に序盤の部分は、80年代少女漫画のパスティーシュに見えなくもないタッチになっている。「ズザザザーッ」と転んで「えへへ…転んじゃった」と言ったり。

——頬に赤面の斜線が入るような顔の描き方、点描の背景なども80年代少女マンガ風ですね。

阿部 クラスメイト間の人間関係の変遷とその表裏……主に裏側に焦点をあてて、かなり容赦なく描いていく、という内容。作画のタッチと内容とのギャップがなかなかの衝撃度として伝わってきて、演出として効果を発揮していると思いました。

——ふわっとした表情の女の子が、突然鬼のような形相になるのもすごいです。

阿部 スクールカースト系のドラマというのは、いじめものみたいなものも含めれば、もはや漫画の中では1ジャンルと化していると言っていいくらいたくさん発表されている。当然そこまでジャンルとして成立しているとなると、新たに取り組もうとすれば、差別化するための工夫が必要になってくる。今までにも何度か指摘してきた通り、それが人気ジャンルならではの課題ですよね。

——「ジャンルの飽和化」については、恋愛、グルメなどいろいろなジャンルに関して語っていただきました(第29回第78回など)。

阿部 この作品の場合は、現段階においては、画期的といえるような新機軸を打ち出したわけではないですし、物語の内容とかシチュエーションに既視感がないわけでもないんです。けれどそうした中で、この漫画が魅力的に映るのは、ありふれた題材を扱って新しい作品にまとめあげる、この作者の手つき、と言っていいのかな、そこに迷いがないという感じがするんですよ。

——既視感のあるものを魅力的に見せる何かがあるわけですね。

阿部 作者自身も、この題材は既にいろんな漫画で物語られているとわかっていると思うんですよね。けれども、「もうみんなこれ知ってるよね?」という感じで扱うのではなくて、ゼロからその題材について考えたうえで、ここで初めて描くかのように組み立てていると読めるんです。読者にとっても、作者自身にとっても知っているシチュエーションであるかもしれない、しかしこの作品世界の、この彼女たちにとっては自明のことではない、とたぶん作者は思っている。彼女たちはこの瞬間初めてこのような状況を経験しているし、このような状況があったからこそ彼女たちはこのような思いをしているのだ……と、キャラクター本位にドラマを作っていることが伝わってくるんですよね。

——「キャラクター本位」、なるほど……。

阿部 どんなにありふれた題材であっても、その「切実さ」というのは組み立てられるはずだと作者は思っていて、そう描くことに一切の迷いがない。少なくとも作品世界のキャラクターたちにとっては生き死にに関わる切実な問題であると、作者自身がそこを絶対疑わずに、その切実さに迫ろうとして、描写にどこまでも力をこめていく……それによって、独自性のところにまで手をかけている。それは確かなんじゃないかなと思います。

——今おっしゃったようなことができるとなると、飽和化の進む中でも、やりようがあるのだ、という希望のようなものが見えてきますね。

阿部 そう思います。突破口のヒントみたいなものが、この漫画には感じられる気がしました。シチュエーション自体はいろんなところで描かれたものかもしれない。けれども、キャラクターというのは、その世界に生きている「存在」なわけですよね。その存在にとって、そこで起きている問題は切実なものなのだという、その重さみたいなものは、読者に伝わるんじゃないかなと。

——「重さ」ですか。

阿部 そしてその重さを、人はリアリティと呼ぶんじゃないかなと……そう感じさせる、ヒントにあふれた漫画だと思いました。

それと、ありふれたシチュエーションでも、同じ描き方ですべてが描かれているわけではないですよね。作者が、これは、このような描き方ではまだ描かれていないのではないかと、模索しながら見つけていくことが重要なんだなあと思いましたね。

この作品では今お話ししてきたようなことをやっていくことで、読者が最初に持っていた80年代の少女マンガのパスティーシュの印象を途中から消してしまうんですよね。読者は単に、この作品の世界に引き込まれて読んでいくようになる。少なくとも僕はそうだったんですよ。キャラクターたちの実在性が高まっていって、どうなっていくんだろうというところに興味が絞り込まれていった。

——確かに、ハラハラしながら、ただただぐーっと展開に入り込んでしまいます。

阿部 基本的なドラマの内容は、カースト最上位者だった、このカバーにも描かれている女の子が、ある出来事によって最下位にいたような子によって革命を起こされ、一気に最下位へと転落させられてしまう、というもので。その図式からすると、おそらくは最下位に転落した子が、またここから頂点を目指すドラマが展開されていくのかなという構成に見えますね。その意味では前にも取り上げたスポ根漫画の構造にも見事に当てはまっていて(第33回第72回など)、この作品にもジャンル横断的な工夫があるなと思いました。

——いったんゼロになって、そこから100を目指す、という構造ですね。

阿部 また基本的には1話完結形式なんだけれども、キャラクター一人一人の内面から物語っていくっていう、連作の群像劇スタイルもとっているんですよね。それもなかなか功を奏していて。結構したたかな作者だなというふうに思いました。

——作者は去年デビューした新人の方です。

阿部 やはりそうでしたか。ジャンルが飽和状態になっていく中で、新人さんたちがいろいろ考えて描いているんだな、というのが伝わってきました。






『阿部和重の漫画喫茶へようこそ!』は毎週木曜日配信です。
次回は6月2日(木)配信予定です。
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プロフィール

阿部和重
阿部和重(あべかずしげ)
1968年山形県生まれ。2010年『ピストルズ』で谷崎潤一郎賞を受賞したほか、受賞歴多数。
『アメリカの夜』『インディヴィジュアル・プロジェクション』『ニッポニアニッポン』『シンセミア』など著書多数。近著に『Delux Edition』『□ しかく』など。
「ヤングマガジン」をこよなく愛するマンガ好き。「honto+」ではマンガ評「漫画覚書」を連載中。映画学校出身で、映画についての造詣も深い。

阿部和重オフィシャルサイト
阿部和重Twitter
阿部和重公式Facebookページ
門倉紫麻(かどくらしま)
漫画ライター。
1970年神奈川県生まれ。慶應義塾大学卒業。Amazon.co.jpエディターを経て、フリーライターに。「FRaU」「ダ・ヴィンチ」「レタスクラブ」などで主に漫画に関する記事の企画・執筆、コラムの連載を行う。
著書に、「ジャンプ」作家に漫画の描き方を聞く『マンガ脳の鍛えかた』、宇宙飛行士らへのインタビュー集『We are 宇宙兄弟 宇宙飛行士の底力』『We are 宇宙兄弟 宇宙を舞台に活躍する人たち』がある。

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