【特別公開】 是枝裕和×山下和美 SPECIAL TALK(2016/10/27)

2013年公開の『そして父になる』でカンヌ国際映画祭審査員賞を受賞し、その後も『海街diary』『海よりもまだ深く』と話題作を発表しつづけている映画監督の是枝これえだ裕和ひろかずさん。創作のヒントは好きなマンガからも得ている、という是枝監督から熱烈なオファーを頂き、このたび「モーニング」にて『ランド』連載中の山下やました和美かずみさんとの対談が行われました。

好評発売中の『是枝裕和対談集 世界といまを考える 3』(PHP文庫)に収録されたこの対談から一部を特別ウェブ公開します!

是枝監督が大好きだという『不思議な少年』や、最新作『ランド』の創作の舞台裏が明かされる、この貴重な対談のフルバージョンが読みたくなったら、ぜひ同書をお求めください!

さらに、抽選で同書がもらえるプレゼント企画も実施します。詳細は対談の後で!


子どものころの妙な音楽空間がもたらしたもの

山下和美(以下、山下) 是枝監督の『海街diary』、とてもおもしろかったです。実は私も四姉妹なんですよ。

是枝裕和(以下、是枝) ええ、いちばん末っ子なんですよね。

山下 そうなんです。「生まれ変わったらこういう姉妹になりたい!」って、映画を観て心底思いました(笑)。最近、四姉妹そろうと「似てるなあ」ってしみじみ思うんです。4人で喋り合うと、声がうわずるところとかそっくりで、すごく厭(笑)。自分の欠点が4倍になって自分の耳に戻ってくるような感じというか。でも、年を取ってからの女姉妹の話って、おもしろいんじゃないかなあとも思ったり。

是枝 『阿修羅のごとく』(※1)という名作もありますしね。お姉さんたちがご自分の作品に影響を与えた部分というのはありますか。


※1 『阿修羅のごとく』
1979年と80年にNHK総合テレビで放送された、向田邦子脚本のホームドラマ。父に愛人と子どもがいることが判明した四姉妹、母親を気遣いながらもその対処について話し合うが……。主演は加藤治子、八千草薫、いしだあゆみ、風吹ジュン。2003年に森田芳光監督により映画化された。


山下 あります。是枝監督もありますよね?

是枝 あります(笑)。

山下 私、子ども時代ってほとんど姉妹でできていると思うんです。

是枝 マンガも、お姉さんが描いていたのを見て、自分も始めたのだとか。

山下 そうなんです。私が小学生の時点で、いちばん上の姉がマンガ家デビューをしていたので。とにかく姉たちの影響は絶大でした。その姉はマンガ雑誌『COM』(※2)や『ガロ』(※3)などを読んでいて、私が子ども向けのマンガを読んでいると「そんなの読んでんの? シュミ悪い」と、捨て台詞を吐かれるんです(笑)。2番目の姉はビートルズ(※4)・ファンクラブ小樽支部副会長で、小学低学年の私がモンキーズ(※5)のデイビー・ジョーンズ(※6)の写真を下敷きか何かに忍ばせていると、「そんなの好きなの?」と軽蔑のまなざしを向けてくる(笑)。「もう姉には絶対に勝てない!」という意識が植え付けられました。


※2 『COM』
1967~73年まで虫プロ商事が刊行していたマンガ雑誌。「描きたいものが書ける雑誌」および「新人を育てる雑誌」として、手塚治虫が『鉄腕アトムクラブ』を発展解消するかたちで創刊。
※3 『ガロ』
1964~2002年まで青林堂が刊行していたマンガ雑誌。独創的な誌面でマンガ界の異才をあまた輩出し、後発の『COM』とともに全共闘時代の大学生に強く支持された。
※4 ビートルズ
イギリス・リヴァプール出身のロックバンド。メンバーはジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スター。1962年にレコードデビューし、オリジナル・アルバム12枚、シングル22枚を発表。70年、解散。
※5 モンキーズ
アメリカのポップ・ロックバンド。1965年、オーディションによりグループ結成。デビューアルバム『恋の終列車(The Monkees)』は500万枚を売り上げるヒットに。71年、解散。その後、何回か再結成している。
※6 デイビー・ジョーンズ
歌手・俳優。1945年イギリス・マンチェスター生まれ。ミュージカル・タレント、俳優を経て渡米し、ソロ歌手でデビュー。65年、モンキーズのオーディションに参加し、メンバーに。解散後は、俳優と歌手の活動を両立した。2012年没。


是枝 山下さんの描く物語には、音楽に対する特別な思い入れみたいなものが、かたちを変えていろいろと描かれていますよね。

山下 やはりいろんな音楽を聴いてきたというのは大きいです。たとえばビートルズは、幼稚園のころからずっと聴かされてきた。なのに2番目の姉が、あるときを境にビートルズを卒業して、ドアーズ(※7)にいくんです。そしてイギー・ポップ(※8)・ファンクラブを始める。当時、姉が感覚的にはるか先を行って、それが日本のラジオではなかなか聴けないことは子どもの私にもわかっていて、なんとか聴きたくてこっそり拝借するんですが、ハマって返せない。そして見つかって、死ぬほど叱られる。だったら姉が箸にも棒にもかけないものを好きになったほうがいいんじゃないかと、ディープ・パープル(※9)を聴きだすんですが、思いきり馬鹿にされて(笑)。さすがに20歳を越えてからは厭味もいわれなくなりましたけど。


※7 ドアーズ
アメリカのロックバンド。ロサンゼルスのUCLA映画科の学生だったジム・モリソンとレイ・マンザレクがグループ結成。1967年、デビューアルバム『ハートに火をつけて』をリリース。71年、モリソン死去後、残りのメンバーは活動を継続するが、2作のアルバムの商業的な失敗を機に解散。
※8 イギー・ポップ
ロック歌手。1947年アメリカ・ミシガン州生まれ。69年、デビューアルバム『イギー・ポップ・アンド・ストゥージズ』を発表、パンク・ロックの先駆けに。74年、メンバーの薬物中毒でバンド活動が中止に追い込まれるが、77年、デヴィッド・ボウイのプロデュースでソロ活動を始動、再起を果たす。
※9 ディープ・パープル
イギリスのロックバンド。1968年に結成、マイナー・コードと爆音のようなサウンドを使った演奏を繰り広げる、ハードロックの先駆け的存在。76年に解散するも、84年に再結成し、以降メンバーチェンジを行いながら活動を続けている。


是枝 そのお姉さんとはいくつ離れているんですか。

山下 7つです。だからやはり環境ですよね。自分が音楽に詳しいわけでなくて、かなり妙な音楽空間に育ったから、音楽がマンガの題材として出てくるのではないかと。

是枝 なるほど。僕は山下さんの『不思議な少年』が大好きなんですが、2巻第4話の「鉄雄」という、冴えない男の子の鉄雄が「歌」を手に入れる話がありますね。連載開始当初はすごくクールだった(主人公の)“少年”が、この回のラストシーンで初めて泣く。そのコマが強烈だった。このあたりから人間に対する少年の関心が少しホットになってくるというか、人間の良い面にも寄り添っていく。そのきっかけが「音楽」だったというのが興味深いなと。

山下 そういうことに気づいてくれるんですね。すごくうれしい。


是枝 『不思議な少年』は1話完結ですが、9巻通して読んでいくと、少年が人間に対してどういう興味を持ってくのかが大きなうねりを持って描かれる超大作だという感じがします。最初からそういう構想だったのですか。

山下 いえ、その場その場で頭を抱えながら描いていました。いま思うと、自分の成長の記録みたいな感じもあるかもしれない。

是枝 たとえば、5巻第17話の「夫・恭平、妻・瑠璃子」という、親の決めた結婚式から抜け出して、駆け落ちしたふたりの話。台詞がすごく少ないというか厳選されたなかで、絵だけで見せていく素晴らしい回で、これも大好きなんですが、その夫婦が80歳を迎えて「もうこれでいい」といい、少年の「人間は……永遠を選ばないのか」という呟きで終わる。このあたりから、少年の興味が、「人間」から「永遠である自分自身」へと反転していく感じが窺えるんです。

山下 それはありますね。

是枝 永遠である自分の、むしろ悲しみというか、有限性のなかに自分がいないことへの悲しみへと見事に反転していく。そして、6巻第19話目の「NX-521236号」で、ロボットが自爆する話へ向かう。「永遠の命」と「限りある命」の対比というテーマがさらに浮き彫りになっていきます。

山下 無意識に描いていたつもりだったけれど、やはり少年が少しずつ変わっていくことはなんとなく意識しながらやっていたんでしょうね。

是枝 『不思議な少年』というのは、何かからインスピレーションをもらった作品なんでしょうか。

山下 はい。父親が無類の本好きでして——

是枝 『天才柳沢教授の生活』のモデルになったお父さんですね。

山下 そうです。家の玄関を開けると岩波文庫のための本棚というのがあったんです。そのなかのいちばん薄い本がマーク・トウェイン(※10)の『不思議な少年』(※11)で、小学6年生のときに「これなら読めるかな」って思って手に取ったら、すごくハマっちゃって。8巻に収録している、魔女狩りの話に近いんですけれど。


※10 マーク・トウェイン
作家。1835年アメリカ・ミズーリ州生まれ。86年、新聞に長期連載したヨーロッパ旅行体験記が出版され評判になる。76年、『トム・ソーヤーの冒険』で大ベストセラー作家に。85年、『ハックルベリー・フィンの冒険』出版。ほか代表作に『王子と乞食』『ジャンヌ・ダルクについての個人的回想』『ハドリバーグを堕落させた男』など。1910年没。
※11 『不思議な少年』
マーク・トウェインの死後、1916年に出版された小説。1590年5月、オーストリアの小さな村に自らを「サタン」と名乗る少年が現れ、次々と事件が起こり……。著者晩年のペシミズムが反映された物語で、1890年ごろから1910年に死亡するまで何度も改稿されている。出版されたバージョンは遺産管理人の手が加わったもの。


是枝 「聖フランツ(I~IV)」ですね。

山下 ええ。その話をマンガにしたいなと思って、鉛筆でノートに描いたんですよ。あるときそのことを思い出して、当時の担当編集者だった島田英二郎さんになんとなしに話したんです。「小学生だったし、上手くコマ割りができなくて、台詞とかそのまま書いちゃって、結局なかなか進まなかったんだよね」と。そうしたら後日、島田さんが『不思議な少年』を2冊買ってきて、1冊を私によこして「山下さん。もう一回読んで、これやらない?」といったんです。それが始まり。マーク・トウェインの小説のなかではいわゆる天使みたいな風貌で書かれていたので、最初は天使をイメージしていたんですよ。でも、もっと違う存在で描けないかと思いなおし、頭のなかのもやもやとしたかたちを何度となく絵にして、時空を超えていける少年というのをイメージし、そこから台詞を考えて、構築していきました。

是枝 少年は9巻第35話でルキノ・ヴィスコンティ監督の『べニスに死す』(※12)でタジオを演じたビョルン・アンドレセン(※13)に譬えられていますが、お好きな映画なんですか。


※12 『べニスに死す』
トーマス・マン作の同名小説を原作にした、1971年公開のイタリア・フランス合作映画。静養のためヴェネツィア(ベニス)を訪れることにした老作曲家は、道中の船でタジオという少年に出会い、理想の美を見出す。『地獄に落ちた勇者ども』『ルートヴィヒ』とともに「ドイツ三部作」と呼ばれる。
※13 ビョルン・アンドレセン
俳優・歌手。1955年スウェーデン・ストックホルム生まれ。祖母の勧めで子役としての活動をはじめ、70年の『純愛日記』でスクリーンデビュー。同年、ヴィスコンティが『ベニスに死す』の少年タジオ役を求めてヨーロッパ中を探し回り、数多くの候補者のなかから選ばれた。ほかの代表作に『絶壁』『安易な殺人者』など。現在は音楽教師として、妻と娘とストックホルムで暮らす。


山下 中学生で観たときは単純に、「ビョルン・アンドレセンって綺麗だなあ~!」と思いました。ところが30代半ばで観直したら、おじさんの気持ちになったんですよ。主人公の老作曲家を演じた——

是枝 ダーク・ボガード(※14)。


※14 ダーク・ボガード
俳優・作家。1921年イギリス・ロンドン生まれ。47年に映画デビュー。63年の『召使』、65年の『ダーリング』で英国アカデミー賞を受賞し、名声を獲得。代表作に『二都物語』『わが恋は終りぬ』『できごと』『フィクサー』『アレキサンドリア物語』『愛の嵐』『遠すぎた橋』など。99年没。


山下 ダーク・ボガードが最後に、海辺のデッキチェアに横たわって死にかけながら、縞々の水着姿のタジオ少年を見つめますよね。「このおじさん、幸せだな~」と思った瞬間に、おじさん側の気持ちになったんです(笑)。この映画は観る年齢で感想が変わる映画だなと。

是枝 わかります。僕も最初に観たときは「気持ち悪りい~」って。

山下 そうそう。「オッさん、こんな化粧して~」とかね。

是枝 いま観ると、たぶん泣いちゃうかもしれない(笑)。山下さんの作品は、そういう外国映画の影響が強いのかなと思うのですが。

山下 いや、いうほど観ていないです。

是枝 そうなんですか。でも、僕が描ける日本の日常のなかに収まりきらない広がりが、山下さんの作品には感じられるんです。それこそがいちばんの魅力であり、一方で映画化が難しいなと思うところなんですが。

山下 それ、わかります。

是枝 イメージの飛んでいく先がすごく広いんですよね。たとえば8巻第34話の「マリー・ロンドン」。映画スターだったミュージカル女優の晩年を描いた話ですが、実は一度、企画書にしたことがあるんです(笑)。

山下 え、そんなことが!

是枝 すみません、勝手に企画書にしたんですけど、やるなら外国の役者を使って海外で撮影するとか、何か知恵を絞らないといけないなと……。さっきの「NX-521236号」もそうなんですが。

山下 あの話はあまり宇宙のことを知らないから描けたのかもしれません(笑)。実写だといろんな不備があるだろうな……。でも、映画化を想像してくださるなんて、本当にうれしい。

是枝 いつか実現したいという気持ちはまだあるので、そのときはよろしくお願いします!(笑)



何に対峙していけばいいのかを探しつづける

是枝 新作の『ランド』についてもお聞きしたいのですが、この物語はどういう発想から生まれたのでしょうか。

山下 『不思議な少年』の不定期連載中に、さきほどの担当編集者の島田さんから「『赤毛のアン』(※15)の版権が切れたから、描かない?」といわれたんです。びっくりしたんですけど、昔読んだきりだったので読み返したら、確かにおもしろかった。特に、主人公アンの養母のマリラおばさんにはすごい共感したんですよね。サラッといい返す、大人の女性の感じが。でも、これを自分の作品にするのは無理だなと思って、そのときは流しちゃった。ところが、島田さんが『モーニング』の編集長になって、新しく担当編集になってくれた篠原健一郎さんにも偶然同じことをいわれたんですよ。だったらものは試しだと、小さな島を舞台に元気な女の子が出てくるラフ画を描いてみたんだけど、まったく自分のマンガにそぐわなくて。それで、女の子が主人公の話を考えているうちに、自分の子ども時代を思い出したんですね。私の子ども時代って小樽に集約されているんです。天狗山の麓の最上町というところに住んでいたんですが、天狗山の展望台から小樽市街と石狩湾を眺めることができる。その風景を、私、ずっとソ連だと思い込んでいて(笑)。


※15 『赤毛のアン』
カナダの作家L・M・モンゴメリが1908年に発表した長編小説。孤児院暮らしだったアン・シャーリーが11歳でカスバート家に引き取られてからクィーン学院を卒業するまでの5年間の少女時代が描かれた。プリンス・エドワード島で育った著者の少女時代もふんだんに投影され、現在も世界で読みつがれている。


是枝 ははは、子どもっておもしろいですね。

山下 あと、子どものころって洋画がよく放送されていたでしょう。ニューヨークのマンハッタンのビル群がよく映るじゃないですか。それで山沿いの有名な霊園に並ぶ墓石群を、マンハッタンだと信じ込んでいた。なぜそう思っていたのかというと、人が死ぬところを見たことがなかったんです。お葬式というものを知らなかったので、そのあたりの概念が皆無だった。

是枝 『ランド』は日本人の集団性というか、ある種の日本人論のようなものが根底に色濃くあって、読んでいてちょっと怖いぐらいなんですが、ご自身の小樽の原体験が出発点だったんですね。

山下 そうなんです。あともうひとつ、強いイメージがあります。母方の祖母の写真を整理していたときに、祖父と祖母の婚礼写真が出てきたんです。初めて見る写真だったんですけど、「これって情報がなかったらなんの写真かわからないな」と。歴史や文化を学んでいるからこそ、それが明治の終わりぐらいの写真で、ふたりが着ているのは婚礼衣装だなとわかるんですが、「そういう情報を取り去ったとき、人って何をどう判断するんだろう?」と思ったんですよ。『赤毛のアン』からスタートしたものが、そういうさまざまな記憶や想いとぐるぐる混ざり合って、ネームづくりを1年ほど続けていました。

是枝 1年かけて、最終話までの構想は完成したのですか。

山下 連載がスタートした時点では、細かいところは決まっていませんでした。でも終わりの方のイメージはなんとなくあったかな。諏訪や戸隠など霊験あらたかな場所にロケハンに出かけたりしつつ、頭のなかで地図をつくり、物語のシステムをつくっていった感じです。一話進めるごとに「あっ、そうか」と後半の物語も決まってくるというか……。人の流れが決まったら、物語もだいたい決まってきました。

是枝 NHKで放送された『浦沢直樹の漫勉』(※16)を拝見したんですが、『ランド』の猪の革を被る少女の画を何度も描き直されているのを見て、正直いうとちょっとホッとしたんです。僕も脚本から編集からすごく悩んで何度もやり直すものですから、延々やっている自分に対して「いつまで経っても成熟しないな」と思っていたんですけど、「あ、山下さんでもこんなに猪一頭で悩んでる!」と思って(笑)。


※16 『浦沢直樹の漫勉』
2014年よりNHK Eテレで放送されているドキュメンタリー番組。マンガ家の浦沢直樹がプレゼンターを務め、マンガ家の執筆現場に密着して作品過程を追う。シーズン3までのゲストはかわぐちかいじ、山下和美、東村アキコ、藤田和日郎、浅野いにお、さいとう・たかを、萩尾望都、花沢健吾、五十嵐大介、古屋兎丸、池上遼一、三宅乱丈、髙橋ツトム。17年3月にシーズン4が放送予定。


山下 (笑)是枝さんに希望を与えた。

是枝 ええ。悩んでいいんだ、と。『ランド』はこれまでの作品に比べると、土着というか、歴史を背負っている匂いがするんですが、ご自分ではいかがですか。

山下 歴史を背負っている……、たぶんそれすらも覆すと思います。

是枝 引っ繰り返っていく?

山下 引っ繰り返っていくと思います。人が歴史だと思っていたものが実は植えつけられていたものだったりとか、自分の過去の記憶すら当てにならない感覚だったりというか……。それはさきほどの祖父母の婚礼写真で思ったことなんですが、人が日常とまったく違うところに放り込まれて、違う歴史を植えつけられれば、そこで得たものを信じて生きていくんだろうなという思いがあるんです。それをどうしたら上手く表現できるか、いま試行錯誤しています。でも1巻のときはたいへんでした。編集部でも評判が悪くて……(苦笑)。

是枝 そうなんですか?

山下 年代で二分されたというか、年配の男性陣にはいまひとつ受けが悪かった。若い子たちや、年配でも女性の方はいいといってくれる人が多い気がするんですが。

是枝 つまり、オッさんがダメなんだ(笑)。


山下 オッさんは第1話でアウトなんですよね。でも、あるとき担当編集と話していて、その理由が少し見えたんです。昔、たとえば米ソ冷戦時代は、誰が敵なのかわかりやすかった。いまは誰が敵で、何に立ち向かえばいいのかがわからない。それでみんな右往左往しているんじゃないかと……。つまり『ランド』は主人公が何に対峙していけばいいのかを探しつづける話なんじゃないかな、ということで腑に落ちたんです。逆をいえば、「はっきりとした敵を設定して欲しい。でないと落ち着いて読めない」というタイプの人は、『ランド』を好まない(笑)。

是枝 最近は連続ドラマでも、敵が明らかで、主人公がそれを打ち負かすというタイプの話のほうが、視聴率がいいですからね。

山下 いま世の中の多くの人が、物語の内容よりもテンポやリズム重視という感じがする。それが自分とは合わないんです。

是枝 僕も合わないですね。それで思いだしたけれど、以前、海外の批評家に「あなたは映画の登場人物を誰ひとり裁こうとしていない」といわれたことがあるんです。

山下 裁く?

是枝 その批評家は「善と悪で分けていないところが成瀬巳喜男(※17)の映画に通じるように思う」といってくれたんですが、一方で「映画のなかで裁かれていないのは不完全だ」という意見もあった。最初にいわれたのは『誰も知らない』で、子ども4人を置き去りにした母親のラストは、不幸になるか、改心して戻ってきて子どもを抱きしめるか、どちらかなんじゃないかと。「(断罪もせずに)あのまま放置するのは、つくり手の無責任だ」といわれて驚きました。「じゃあ、つくり手は神様のように出てきた人を正しいか間違っているかをジャッジする必要があるのか」といい返したんですけど。

山下 フィクションの世界で実生活での鬱憤を晴らしたいのかなあ……。「倍返しだ!」(※18)とか、相手を土下座させているときにすさまじい視聴率になるというのは、そういうことなんでしょうね。私はもうそれだけで気持ち悪くなってくるんですが。


※17 成瀬巳喜男
映画監督。1905年東京生まれ。30年、短編喜劇映画『チャンバラ夫婦』で監督デビュー。女性の生活を巧みに描く作風で、女性映画の名手と称された。代表作に『妻よ薔薇のやうに』『めし』『浮雲』など。69年没。
※18 「倍返しだ!」
2013年7月よりTBS系「日曜劇場」枠で放送されたドラマ『半沢直樹』における、主人公半沢直樹の決め台詞。


是枝 わかります。

山下 善悪をはっきりさせる、罪を償わせる、というのが生理的に苦手で。

是枝 僕もです。僕は山下さんの作品を読むと、いつも豊かな気持ちになるんです。もちろん、人間の良い面ばかり描かれているわけではないんだけれど、読み終わるといつも「人間って不思議で、おもしろくて、愛おしいな」と思える。たぶん、山下さんご自身に柳沢教授の目線があるんじゃないでしょうか。すべての出来事に対して「なぜなんだろう?」という関心を寄せ、その謎を追究していこうという姿勢があるような。それがとても素敵だなと思うし、僕もそうありたいと……、どんな人間を描くときにもそういう視線でありたいという気持ちになるんです。

山下 ありがとうございます。そうか、だから是枝さんの人間描写って細やかで繊細なんですね。たぶんみんなからいわれていると思うんですが、作中に出てくるキャラクターでないがしろにされている人がいない感じがする。一人ひとり、実在している感じがします。

是枝 それはうれしいです。今日、『不思議な少年』の発想の原点がマーク・トウェインの同名小説の魔女狩りの話だったという話を聞いて、なるほどなあと思ったんですが、それで描いた「聖フランツ」のストーリーが素晴らしいのは、石を投げる側の人間がただの厭な奴として出てくるのではなく、投げる根拠や弱さや理由を一人ひとりきちんと描いているところだと思うんです。それは物語としても絵としても。壮大な話でありつつ、登場人物みんなに人間味がある。

山下 壮大だけど、狭い話なんですよ(笑)。

是枝 それが、柳沢教授が日常生活で何かを発見していく目線の低さと変わらないところなのではないかと。『天才柳沢教授の生活』から『不思議な少年』へ、そして『ランド』へと世界は広がっているけれど、急に大きなことをやろうとはしていない。人間を見つける作家の目線は、いっさいぶれていない。そこが本当に素晴らしいと思います。 (了)


構成=堀 香織 写真=山本マオ
※本対談は抄録であり、全文は『世界といまを考える 3』に収録されています。

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プロフィール

山下和美
山下和美(やましたかずみ)
1980年、「週刊マーガレット」からデビュー。主に少女マンガ誌を中心に活躍していたが、『天才 柳沢教授の生活』で「モーニング」に不定期連載を開始。以降、『不思議な少年』など話題作を発表し、女性、男性問わず幅広い人気を得る。現在、「モーニング」にて『ランド』を月イチ連載中。

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