【特別インタビュー】 江口夏実、『獄彩絵画』の源泉を語る。(2015/12/25)

江口夏実氏が描いた地獄の色とりどりが一冊に。カラーイラスト100点超を収録した『鬼灯の冷徹』初の原画集、『獄彩絵画 ~江口夏実「鬼灯の冷徹」カラーイラスト集~』がただいま好評発売中です(詳しくはこちら!)。

本書刊行を記念して、モーニング公式サイト限定で作者・江口氏のインタビューを公開します! 聞き手は各メディアで引っ張りだこのライター/エディター・橋本麻里氏。当代随一の「日本美術の案内人」が、江口氏の「絵」に焦点を当てる貴重なインタビューは必読です!

江口夏実氏によるコミック『鬼灯の冷徹』は、ストーリーやキャラクターの魅力もさることながら、カラーイラストの美しさに惹かれている読者も少なくないだろう。

この11月に刊行された画集『獄彩絵画 ~江口夏実「鬼灯の冷徹」カラーイラスト集~』に収められた、コミック各巻のカバーや第1話のカラー原稿など、手の込んだ鮮やかなイラストを眺めていると、そこに散りばめられた意匠や文様などから、実は江口氏が日本美術と深いつながりを持っていることがわかる。

あの圧倒的な地獄のイメージやユニークな妖怪や鬼、動物、神々などのキャラクターがどこから生まれたのか。そして鮮やかな色調や繊細な質感の描写をどのように学んだのか。

子供の頃に経験した寺社巡りの旅から大学で学んだ日本画まで、「獄彩絵画」の源泉についてお話を伺った。(橋本麻里)

 


——子供の頃から絵を描くのはお好きだったそうですが、現在の作品につながる素地のようなものは既にあったのでしょうか。

江口 小さい頃から絵を描くのは好きでしたが、母が高校の現代文・古文の教師だったため、絵巻物の展覧会などがあると連れていってくれました。母が一緒だと、絵を見るだけではなく、一緒に書かれた文字(詞書き)を読みながら解説してくれるんです。父も同様に教師なので、旅行好きでもある二人が出かけるのは、いつもお寺(笑)。家族旅行の初日はまず寺や資料館・博物館、美術館などを回り、2日目にやっと子どもが楽しめそうな場所に連れていってもらえました。詳しいことはもう覚えていないし、子どもだから動物園の方がいいなと思いながら見てはいたんですが、幽霊や妖怪、地獄、極楽を描いた絵や、葛飾北斎かつしかほくさい(※1)が波や鳳凰を描いた天井画は面白かった。それにやはりお寺は神秘的な場所だし、仏像や宝物などおいそれと見られるものではない、という感覚はありました。そんなお寺の内陣を、スタスタ平気で歩いているお坊さんは神さまみたいに見えたんです。……ただお寺なので、冬はすごく寒い。その寒さも込みで記憶に残っています。


※1 葛飾北斎
1760~1849年。江戸時代中期~後期の浮世絵師で、初め勝川春章に師事した後、狩野派・土佐派・琳派・洋風画など和漢洋の筆法を学び、読本挿絵や絵本、70代に入ってから《富嶽三十六景》シリーズを刊行し、風景画という新しい領域を浮世絵に切り拓いた。


——マンガやアニメはいかがでしたか?

江口 水木しげるさんですね。『ゲゲゲの鬼太郎』はまずアニメで見て、それから水木さんの妖怪ばかり集めた本や、その元になった妖怪の本を、母自身が好きだからという理由で与えてくれました。水木さんの絵って、本当に細かくきれいに描き込んであるんです。そのリアリティが怖さにもつながっていました。また『にっぽん妖怪地図』(角川書店)という本も母からもらいましたが、深いところまで解説するというのではなく、絵を与えられ、それを自由に見ればいい、という方針だったと思います。

私が絵を好きになったのは、図画工作の授業が好きだったこと、また私が描くものに対して、母が一切「下手だ」と言わなかったのも大きかったと思います。大学の授業で聞いた話では、「描く」ことへの欲求は、もともと人間の根源的なものとしてあるはずなのに、小さい頃に親や教師など大人から「下手だ」と言われると、それがコンプレックスになってしまうそうで、中学3年生くらいで好きか嫌いかが決定的に分かれてしまうようです。教師から悪い評価をもらったことがないわけではないのですが、母がフォローしてくれたおかげで、調子に乗りました(笑)。最初は母が喜んでくれるのがうれしい、というのもあって描いていたのだと思います。

——図画の授業以外にも描いていましたか?

江口 マンガは描いていました。『ちびまる子ちゃん』に影響された絵柄であったり、動物を擬人化したストーリーだったりです。動物園の飼育員になろうと思うくらい動物が好きだったので、図鑑の絵も描いてみたいと思っていました。単に動物が好きということだけでなく、動物図鑑の絵の細かさやリアルさが好きだったんですね。最初に描いた動物擬人化マンガは、高畑勲さんと宮崎駿さんのアニメ『パンダコパンダ』に影響されたもので、パンダが主人公の作品でした。パンダが動いて話して、というのが子供心にも衝撃的だったんです。でも当時の作品はパンダが川に行って河童に足を引っ張られるところまで描いて、そこで飽きて終わっています(笑)。あるいはパンダが飴を買いに行くとか、豚がチャーシューのっけてラーメン屋を開くとか……。その頃のマンガはもう捨ててしまったのですが、いま思うと、残しておけばよかったかもしれません。

——既にシュールな作風が現れていますね。マンガ的な絵はその後もずっと描き続けていたのですか?

江口 家の中で絵の道具を広げたり片付けたりするのは大変だし、ほとんど鉛筆と色鉛筆で描いていて、絵の具を使うことは稀でした。多くが当時好きで読んでいたマンガやゲームの模写のような絵で、『鉄腕アトム』『ブラックジャック』『幽☆遊☆白書』『こちら葛飾区亀有公園前派出所』等々を読んでいました。両親から描くことを制限されたりはしませんでしたが、一方で勉強にも厳しい家でした。宿題をやるのは最低限で、小学校では学校から帰宅すると用意されているプリントを、親が帰ってくるまでに終わらせておく。中高では親が決めた順位からひとつでも落ちると怒られる。それが嫌で美大に進んだのかも知れません。高校生の時はもういっぱいいっぱいで、受験先の大学を決めることができなかったんです。親もそれを見かねたようで、美大に行ってもいいよとほのめかされました。でも私の方は、美大という存在をよく知らなかったんです。美術部には入っていましたが、うちの高校から美大に進む人はいなかったので……。それで美大受験の予備校に通うようになりました。

——初めての本格的・実践的な絵画教育との出会いだったわけですね。技術的なこと、あるいは絵に対する認識など、大きな変化はありましたか?

江口 「形」を見るようになりました。美術予備校では、女性は色を注視し、男性は形を注視する傾向があるということで、それぞれが不得手とする技術の訓練を中心にしていました。たとえばマンガで、人がドアを開けた時のコマがあったとして、次のコマで視点が180度変わった場合、ドアが右左どちらに開いているのが正しいか、特に考えなくても描けるのは、比較的男性が多いと聞きます。私はよくわからなくなるので、最初に空間内でのキャラクターの立ち位置を描いておくのですが、大友克洋さんやアニメーターの方などは、自由自在に視点を移動して絵を描けるから凄い。私も予備校でパースを取る訓練をずいぶんしたおかげで、ものを見たとき、最初に色だけではなく形も目に入るようになりましたが、それでもまだ下手です……。

——数ある学科の中から、なぜ日本画科を選ばれたのでしょう。

江口 普通は油絵か日本画かで迷うらしいのですが、私は彫刻か日本画で迷っていたので、美術予備校の先生方から変だと言われました(笑)。今でも動物や恐竜、女の子のキャラクターフィギュア等が好きで集めているのは、立体物が好きだからなのだと思います。また彫刻にせよ日本画にせよ、細密につくりこんだ作品が好きでした。ただ水粘土を捏ねるには力がいるし、鼻炎なのでデッサンに木炭を使うのは具合が悪い。結局日本画を選びましたが、いまだに彫刻には興味があります。
『鬼灯の冷徹』単行本⑯巻P.20より。第130話「魔女っ娘とは何ぞや」の扉ページ。
他にもフィギュアや立体物が描かれた扉ページは多々ある。



——日本の絵画をたくさん見るようになったのは、予備校時代からだそうですね。

江口 生徒は自由に出入りできない図書室があったのですが、日本画の先生が課題のたびにいろいろ出してきて、見せてくれました。当時は誰が描いたかなんて意識していませんでしたが、いいなと思っていました。彫刻か日本画かで迷って決めた理由はいまお話したとおりですが、日本の伝統を学ぶのは悪いことではないし、母が古典の教師だったこともあって、日本画を選んだら喜んでくれるだろう、という思いもありました。

——実際に日本画科に入ってみると、高校まで描いていた絵とまったく違う技術が必要になったと思います。戸惑いませんでしたか?

江口 先生から「三千本を1本用意して」と言われたときは、何の話かまったくわかりませんでした。たとえば日本画と油画の違いは、絵の具に糊(定着剤)が入っていないところです。チューブ状の絵の具ははじめから糊が入っているので、普通に塗っただけでキャンバスに定着しますが、日本画の岩絵の具にはそれが添加されていませんから、ただ和紙に載せただけでは流れてしまう。そのため、定着剤としてにかわを用います。「三千本」は膠の代表的な商品名ですね。また紙の方にも、滲み留めのため、膠液に明礬みょうばんを加えて作ったドーサを引いた上で、やっと絵が描けるわけです。とにかく描く前の準備に3日かかる(笑)。

色を塗るための色材はお話ししたとおり岩絵の具ですが、原材料が稀少な鉱物なので、質のいいものになるほど高額になっていきます。たとえばラピスラズリ(ウルトラマリンの原材料)は、1両(岩絵の具の単位。15グラム)5千~1万円くらいになる。

——学生には大きな負担です。

江口 そこで結構、経済格差が出てくるんです。不純物が少なく、粒度が揃ってかつ細かい岩絵の具を使うほど、日本画は美しく仕上がりますから、日本画で大成するのはもともと家が裕福で、お金のある人、というのが前提でした。もちろんそうでなくても続けている人はいます。ただ日本画の場合は床に紙を置いて、その上に板を渡し、板の上にのって描くので、それなりに大きなスペースも必要になる。当時、私は六畳一間のアパートに住んでいましたが、まずそのドアを絵が通らないんです。それで、日本画を続けるのはちょっと大変だな、と。
『鬼灯の冷徹』単行本④巻P.4より。第21話「地獄三十六景」の扉ページ。
日本画を描くにはこれくらいのスペースが必要になる。



——美大に入学してから、見る絵は変わりましたか?

江口 美術史の授業が必修だったので、日本のものだけでなく、ブリューゲルや学生が一度はかぶれるミュシャなどが好きで、よく画集を見ていました。洋の東西を問わず、好きなモチーフは動物です。ちょっと気持ち悪い絵も好きです。たとえば北斎の《西瓜図》、細く長く削った西瓜の皮を乞巧奠きっこうでん(七夕のこと)の飾りのように紐にかけ、半分に割った西瓜の断面を和紙で覆い、水を張ったたらいに見立ててある絵はとても面白いと思いました。北斎で動物ものなら、干支の巳年にちなんで描かれた、《白蛇と雀》。鋤の柄の上に止まった雀を、柄に巻き付いた白蛇がねらっている様子を描いたものですが、そういう絵が好きでした。伊藤若冲いとうじゃくちゅう(※2)ならやはり鶏の絵です。身体の構造にはバジリスクかと思うような、ある種の不自然さもあるのですが、自宅で飼っていたというだけあって、羽がどう生えているかわかるほど細い描写が本当に綺麗です。円山応挙まるやまおうきょ長沢芦雪ながさわろせつが描いた子犬、本物を知らないまま描いた、猫のような虎の絵も大好きでした。


※2 伊藤若冲
1716~1800年。江戸時代中期~後期の京都に青物問屋の長男として生まれ、隠居以降、絵師として本格的に活躍した。幼少の頃から絵を好み、狩野派に学んだ後、中国の花鳥画や琳派の装飾的な画風を採り入れながら、独自の眩惑的な花鳥画の世界を創造した。


——日本画を学ぶ中で、ご自身でも動物を描かれましたか?

江口 課題の制作でモチーフの指定がない時は、動物を描くことが多かったです。たとえばカメレオン。絹本に植物を描く課題が出た時は、動物寄りの立体感のある植物を描こうと、食虫植物を買ってきて描きました。植物のくせに何かを「食べる」というところが、オバケっぽい感じもするし、面白いなと。画集だけでなく、展覧会にも足を運びましたが、日本画は印刷すると彩度が落ちてしまうので、若冲や北斎など彩色のある作品は、画集で見ていたものと実物とで、色味やサイズが違っていて、驚くこともしばしばでした。

人物では上村松園うえむらしょうえん(※3)さんの描く美人画が大好きでした。同じように美人画の双璧とされる鏑木清方かぶらききよかたさんの描く女性も色っぽくて好きですが、松園さんの場合は凛とした妖艶さが魅力的。こちらも実物の持つ雰囲気までは、印刷では表現できません。予備校で教わった日本画の先生は、六条御息所がモデルと言われるほのおが「すごく良い」とおっしゃっていました。その時に聞かされ、いまだに忘れられないのが、松園さんがまだ売れっ子になる前に春画を描いていたというエピソードです。松園さんは髪の生え際の繊細な描写ができなくて悩んでいたそうですが、春画ではアンダーヘアを描かざるを得ません。それを描くうちにうなじの生え際の描写も上達されたのだそうです。予備校の先生は、そういう視点の変え方もあるのだから、どんな課題でも嫌がらずに描きなさい、とおっしゃっていました。


※3 上村松園
1875~1949年。本名津禰つね。日本画家。母に女手ひとつで育てられ、画壇という男社会で女性ゆえの偏見や嫉妬にも晒されながら、清らかで凛とした女性の気品や京都の風俗を、端正な線と繊細な色彩とで描き出した。子の松篁、孫の淳之と三代にわたって画業を継ぐ。
『鬼灯の冷徹』単行本⑥巻P.70より。第43話「三者三者の男」の扉ページ。
この絵は上村松園の《化粧の図》を模している。



江口 それもあって、予備校や大学の授業であったヌードデッサンの時は、自分でもいろいろポイントを変えて描いてみていました。今でも動物の毛を描く時、ウサギの毛は柔らかく、日本犬の毛は滑るように硬く、サモエドなんかでは広がるような質感を、できるだけ表現したいと思いながら描いています。印刷すると違いがわかりにくくなってしまいますが、生原稿を見ると少しは違いが出ていると思います。
『獄彩絵画』P.46より。単行本⑩巻のカバーイラスト。
芥子のあごの毛のやわらかさを表現するのにこだわった一枚。



——若冲は画集と実物でどんな違いを感じましたか?

江口 まず動植綵絵どうしょくさいえ(※4)のシリーズはサイズが予想以上に大きいな、と。水墨画ではそこまで強さを感じませんが、着色された大きな雄鶏の目の強さは印象的です。恐竜を祖先に持つだけに、鶏に食べられてしまいそうな感じがしました。上村松篁うえむらしょうこうさん(松園の子息)や竹内栖鳳たけうちせいほうさん(松園の師の一人)の描く鶏は優しい雰囲気ですが、やはり描く人の個性がそれぞれに出ています。動物園などで見る限り、鳥類一般はあまり目に表情がないものですが、若冲の鶏は明らかに観客の方を見ていますよね。私のマンガに出てくる雉のルリオの目は、若冲のあの鶏の影響が大きいです。


※4 動植綵絵
1757年頃から1766年頃にかけて、花鳥から魚介までを細密華麗に描き出した、生きとし生けるものの曼荼羅のような作品。釈迦三尊像(3幅)と動植綵絵(30幅)の合計33幅から成り、両親と弟、そして若冲自身の永代供養を願って相国寺に寄進。明治時代になって動植綵絵30幅が皇室に献上され、その後、三の丸尚蔵館へ移管された。
『獄彩絵画』P.38より。単行本第⑥巻のカバーイラスト。
鋭い目つきのルリオ。画集には描き下ろしの「若冲風のルリオ」も収録している。



江口 子供の頃に見た映画『ジュラシック・パーク』で強烈な印象を受けたのと、実家でオカメインコを飼っていることもあって、私にとって鳥はものすごく強くて頭がいい、だからこそ怖い存在でした。身体は小さいのに、くちばしで囓られたら血も出ますし、群で飛んでくると手に負えない。晩年の北斎が、小布施の岩松院の天井に描いた《大鳳凰図》(※5)の鳳凰は、若冲っぽくも見えます。雪舟のように余白の空間を大切にした水墨画ももちろん嫌いではないし、日本画の世界ではそちらの方が高尚だということになっています。でも日本画の外にいる人たちには、若冲や北斎のように、ごちゃっと空間を埋め尽くした絵が好きな方も多い。どちらが高尚とか低俗とかではなく、どちらもいい。マンガとして描く時もその日の気分でどちらか決めていますが、単行本カバーは1巻で描いたスタイルを踏襲しているので、全体を通じて余白の少ない感じになっています。

担当編集者 装飾的な枠をつけたのは、1巻冒頭のカラー原稿で、江口さんがコマの外の枠まで雲で埋めていたのがすごいと思ったからです。


※5 大鳳凰図
北斎は80代になってから、小布施の豪農・高井鴻山の招きに応じて何度も小布施に足を運んだ。中でも88~89歳の時に岩松院に描いた天井画は6.3×5.5メートル、約21畳分もの面積を持ち、迫力もひとしお。どちらから見ても鳳凰と目が合う、「八方睨み」と呼ばれる形式を用いている。
『獄彩絵画』P.18-19より。第1話「鬼vs.宿敵 地獄大一番」の冒頭。
扉ページに描かれている雲が隣のコマ割りされたページにつながっている。



江口 やっちゃいけないわけではなかったので……。《洛中洛外図》(※6)的な手法ですよね。『ジョジョの奇妙な冒険』の荒木飛呂彦さんがコマ割りを独自の感覚でやっていたので、その影響が大きいです。「ここまでやっていいなら、見開きにわたって雲を描いたっていいだろう」と。


※6 洛中洛外図
室町時代以降に生まれ、安土桃山時代を中心に流行した画題で、京都の市中(洛中)市外(洛外)の風景とそこで生きる人々の風俗を詳細に描いた。その景観構成には、各時代の都の景気や政治権力の所在、動向などが明瞭に反映されている。


——マンガのカラー原稿の場合、画材はインクやカラーペンを使われますか?

江口 水彩絵の具も使います。色合いや配色は日本画を意識しています。

——瑞雲や流水、火炎の文様など、日本の古い絵を見てきている人ならではの工夫だと思いましたし、その文様の中にさらに描き込みをされている。混色して作るグラデーションではなく、繧繝彩色うんげんさいしき(※7)まで描いていらっしゃることには驚かされました。


※7 繧繝彩色
同じ色を濃から淡へ、淡から濃へと層をなすように繰り返す彩色法。または赤系、緑系、紫系など、それぞれの濃淡を組み合わせた階層をなす色調をいう。盛唐期中国の西域地方から伝わり、日本でも奈良~平安時代の仏画や、寺院の装飾、染織品などに広く採り入れられた。
『獄彩絵画』P.31、33、35、37より。単行本②、③、④、⑤巻のカバー用イラスト(画集は、単行本のカバーイラストを人物、枠、雲に分けて収録している)。
上から流水、火炎、瑞雲の模様。一番下が繧繝彩色で描いた雲。



江口 実は当初、コピックのような高価な画材を買えなかったので、安いカラーペンを使っていて、ムラが出てしまうのを隠すために模様をのせていたんです。そうしたら、下のムラが活きることがありました。小さい頃から「絵の具をマットに塗って乾かす」という作業を待てない人間だったので、そのことにはずいぶん前から気づいていました。今はさすがにコピックも買えていますが、それでもほんのちょっとしたムラが気になって、結局模様を入れるのがお約束になってしまいました。模様を描くのが性に合ってもいるのでしょう。

——今回の画集にも掲載された作画のプロセスを拝見して、塗り重ねのような作業を繰り返されていることがよくわかりました。同じ黒でも鬼灯の服に立体感を出し金棒と質感の違いが出るように描き分けているのですね。

江口 印刷してしまうと、そこは出ないんですよね。パソコン上で着色すると、調整が上手くいけば印刷とオリジナルの違いがほとんどないので、それが羨ましいです。私はパソコンが苦手なので、アナログのままですが、それも悪いことばかりではありません。フォトショップなら気に入らない個所はレイヤーでなかったことにできますが、アナログの場合はそのまま塗り重ねて行かざるを得ず、結果的に思いもよらない効果が出て、うまく仕上がることもある。いずれにしても、得意な方法で描けばいいと思います。

——プロとしてマンガを描くようになって、あらためて日本画を見直すような機会はありましたか?

江口 自分で着物を着たのは成人式くらいで、周囲に着ている人もいないので、どうやって袖が流れるか、座った時に裾がどうなるか、もちろんそのまま写すわけではありませんが、上村松園さんが描く女性のポーズ等を参考にしています。襟の抜き具合をはじめ、着物はTPOに合わせて着方が細かく決まっていますが、毎回歌舞伎を見に行くわけにもいきません。学生の頃のようにただ綺麗だな美人だな、と思う以外に、着物を来た女性を描く時は着物の形を確認するようにしています。マンガ家だと水木しげる先生は、誰もが着物を着ていた時代のお生まれなので、作画を見ても非常にリアルで、いつも敵わないなと思っています。

——とはいえ、江戸時代の日本が舞台のマンガというわけでもありませんから、そこまでリアルを追求する必要もないわけですよね。

江口 鬼灯が着ている服のモデルは道服なので、そもそも和服ですらないのですが、なるべくなら扉に描く時くらい、着物らしさを演出したいと思っています。マンガに登場する武将とか着流しの男性のモデルにしているのは、幕末の浮世絵師、月岡芳年つきおかよしとし(※8)さん。ポーズをつけた人物が素晴らしいので、扉絵の決めポーズの参考に見ています。落語家さんを参考にしようと思ったこともあるのですが、基本的には高座に座っていらっしゃって、走ったり金棒を持っていたりする訳ではないので……。


※8 月岡芳年
1839~1892年。幕末から明治の江戸/東京を生きた浮世絵師。歌川国芳の門下に入り、兄弟子の落合芳幾(よしいく)とともに描いた《英名二十八衆句》の残酷絵シリーズで一躍人気絵師に。維新後は新聞挿絵の分野で活躍、門人にも恵まれたが、精神を病んで病没する。


——ここまで日本絵画の中の動物について、ずいぶん触れていただきました。図鑑の絵を描きたかったというお話ですが、描いてみたいのは博物画的な、写実性の高い絵なのでしょうか。あるいは《北斎漫画》的なものでしょうか。

江口 どちらも方向性が違うと思います。博物画ではその種の典型的な姿・形や、動きを、「もの」として綺麗に描こうとしますが、生きている野生の動物はボロボロだったり、飼い慣らされた目をしていなかったりする。そういうことを知らないまま、小綺麗に描かれた動物を見て「かわいい」と言っていると、人間は綺麗でおとなしい動物しか受け入れられなくなるのではないかと、ちょっと怖くなったんです。科学的にわかりやすい棒立ちの動物、あるいは写真以外にも、もう少しその動物らしさに着目した絵の図鑑があってもいいんじゃないかと思いました。

——もし依頼があったら?

江口 やりたいです(笑)。動物全部は無理なので、鳥か魚の巻がいいな。

——これまでカラー原稿はマンガの画材で描いてこられましたが、日本画の画材を使ってみたいという希望はありますか?

江口 時間があれば、マンガというより大きな絵を描いてみたいかも知れません。日本画で描くならキャラクターではなく、鳥や動物がいい。もしくは全キャラクターを入れるか。そうしたら、道具を引っ張り出すところから始めなければなりませんから、1年はかかってしまいますが……。

——江口さんの日本画も、機会があればぜひ拝見したいと思います。最後に読者の方へ今回の画集の見どころを教えていただければ。

江口 マンガの内容が好きじゃない人にも、画集を見てもらえたらうれしい(笑)。絵を描くのにパソコンしか使ったことがないという方にも、アナログな描き方は参考になることもあると思います。本当は画集以上に彩度が出ている原画を見てもらうのが一番いいので、私の絵でも他のマンガ家さんでも、古い日本画であってもいいので、機会があればぜひ、いろいろな「原画」を見てもらえればと思っています。



橋本麻里(はしもと・まり)

1972年神奈川県生まれ。国際基督教大学教養学部卒業。ライター、編集者。明治学院大学・立教大学非常勤講師(日本美術史)。「芸術新潮」「BRUTUS」「&Premium」「和樂」などへの寄稿のほか、高校美術教科書の編集・執筆も手がける。著書に『ShungArt』(小学館)、『京都で日本美術をみる【京都国立博物館】』(集英社クリエイティブ)、『変り兜 戦国のCOOL DESIGN』(新潮社/とんぼの本)、『日本の国宝100』(幻冬舎新書)、共著に『浮世絵入門 恋する春画』『運慶 リアルを超えた天才仏師』(ともに新潮社/とんぼの本)ほか。NHKテレビ「NEWS WEB」月曜ネットナビゲーター、Eテレ〈趣味どきっ!〉「国宝に会いに行く」案内人。

『獄彩絵画
~江口夏実「鬼灯の冷徹」カラーイラスト集~』

発売日 : 2015年11月20日発売
定価 : 本体1,800円(税別)
A4判/100ページ
見どころ解説はこちら!
  • 作品情報
  • 感想を送る
  • 更新情報

公開中のエピソード

プロフィール

江口夏実
江口夏実(えぐちなつみ)
2010年、『非日常的な何気ない話』で第57回ちばてつや賞佳作を受賞。その中の一編「鬼」に登場したキャラクター・鬼灯を主人公にした『地獄の沙汰とあれやこれ』が「モーニング」2010年32号に掲載されデビュー。
その後数回の掲載を経て、タイトルを『鬼灯の冷徹』と改め2011年14号より連載開始!

作品紹介ページへ

単行本情報 »

  • 鬼灯の冷徹プレミアムBOX

    モーニング

    鬼灯の冷徹プレミアムBOX

    江口夏実

    発売日:2017/11/22
    価格:本体6150円(税別)

  • コミック&アニメ公式ガイド 鬼灯の冷徹 鬼灯なんでも入門

    モーニング

    コミック&アニメ公式ガイド 鬼灯の冷徹 鬼灯なんでも入門

    江口夏実

    発売日:2017/10/06
    定価:本体920円(税別)

単行本の一覧へ