門倉紫麻 漫画家になるための戦略教室

熱意はある。努力もしている。「才能あるよ」とも言われた。
でも、なぜか漫画家になれない——。
そんな漫画家志望者のあなた。
熱意はあって当たり前。努力も言わずもがな。
才能は、確かにあったほうがいい。
でも、漫画家になるためには、それでは足りない
「戦略」が、必要なのです!
漫画ライター・門倉紫麻が、作家陣へのインタビュー、モーニング編集部への
潜入取材を敢行して探った、その戦略とは!?
どこよりも実践的な漫画教室、開校!!

【再録】 ちばてつや賞出身! 岩明均さんインタビュー(1/3)(2015/08/15)

2013年に「モーニング」に掲載され話題を呼んだ、ちばてつや賞出身作家が新人時代から現在の活動までを語るシリーズ【あの人もちばてつや賞出身だった!】

掲載以来読む手段がありませんでしたが、貴重なインタビューは今でも有効なはずということで、ちばてつや賞35周年を記念し、この『戦略教室』にて再掲載することになりました! 第1弾は、岩明均さんが登場です!!

高校生・シンイチとその右手に寄生した生物・ミギーとの共生を描いた『寄生獣』(「アフタヌーン」連載)で、多くの読者に衝撃を与えた岩明さん。現在は、古代ギリシア世界を舞台に、アレキサンダー大王の書記官・エウメネスの人生を描いた壮大な歴史漫画『ヒストリエ』を「アフタヌーン」にて連載中です。

ちばてつや賞入選作が「モーニング」の増刊に掲載され、漫画家デビューした岩明さんに、インタビューを敢行。全3回のうち第1回は、自身の新人時代について大いに語ります!


【第1回】 「漫画家」という職業


—— ちばてつや賞に応募されたきっかけを教えてください。

岩明均(以下、岩明) 当時、上村一夫先生のアシスタントをしてたのですが、上村先生が自分の所に来る各社の編集者に、私の描いた作品を紹介して下さいました。その中で一番食いついて下さったのが「モーニング」の編集の人で、「ちばてつや賞に出しなさい」と言ってくれたので出しました。

—— 入選されたのは何回目の応募でしたか?

岩明 2回目だったと記憶しています。

—— 第7回入選作『ゴミの海』(デビュー作)、第8回入選作『未完』についてお訊きします。どちらの作品もストーリーの緊迫感(※1)や人物の表情の凄み(※2)などが、既に現在の岩明作品のスタイルを感じさせるものでした。今ご自身で受賞作を思い返して、どんな事を思われますか?また制作時の事で覚えている事があれば教えてください。
※1 「ストーリーの緊迫感」
第7回入選作『ゴミの海』より(『新装版 骨の音』収録)。
田舎の海で飛び降り自殺を図ろうとした青年は、「少し変」な少女と知り合ったことで死ぬのを思い留まる。6年後、都会のオフィス街で再会した二人は穏やかに会話を交わすが、その後突如少女がビルから飛び降りるという方向に舵を切り、物語が一気に緊迫するのが岩明作品らしい。その緊迫感をさらに盛り上げる、斬新なコマ割りにも注目。
※2 「人物の表情の凄み」
第8回入選作『未完』より(『新装版 骨の音』収録)。
大学の芸術学部で実技指導を行う彫刻家の大杉は、男に体を開くことになんの抵抗も見せない女子大生・美由加に興味を抱き、彫刻のモデルを依頼するが……。
普段は他人に美しい顔だけを見せるヒロインが、本音を吐きだすと共に凄みのある表情に変化する! 「人間の本当の姿」を容赦なく描き出す岩明作品の魅力は、新人時代から変わらない。



岩明  読み返すのは恥ずかしいですね。というか、苦痛ですね。絵については今より雑な部分と、逆にていねいな部分があると思います。制作中の記憶としては、『ゴミの海』の背景を描いてた時にラジオをつけてたんですが、白井貴子の「CHANCE!」という曲が流れてきて「いい曲、今のオレにぴったり」とか思いつつ、がんばりました。バカですねー。

——デビュー前にどのくらいの頻度で漫画を描いていましたか?

岩明  マンガを描こう、描かなきゃ、とはしょっ中考えてましたが、ストーリーマンガの「完成作品」といえるのは2作だけで、1年に1作ぐらいのペースだったように思います。

—— 漫画家になろうと思った経緯を教えてください。以前、別のインタビューで、「(漫画家になろうと思ったのは)厳密にはデビューした後」と答えていらっしゃいましたが、その前から憧れのようなものはありましたか?

岩明  「マンガ家という身分」に対する憧れは、ほとんどありませんでした。自分は「アシスタント」の方が向いている、とデビュー後もずっと思ってたし。ただ、生業とは別に、評価されるマンガ作品を何作か完成させて人に褒めてもらえたらいいな、とはいつも思ってました。「プロのマンガ家になりたい」と、「プロで通用する作品を描きたい」は同じようで実は全然違うのかもしれません。

—— デビュー前から新人時代までを振り返って、あの頃が苦しかった、と思い出されるのはいつですか? また、その苦しさからどのように気持ちを立て直したか教えてください。

岩明  『風子のいる店』を描いてた頃(※3)。毎回、何描いていいかわかんなかったです。一回終えると楽になりましたが、すぐ次回作の作業に入りました。連載が終わったら、自然に気持ちが立ち直りました。
※3 「『風子のいる店』を描いてた頃」
講談社漫画文庫『風子のいる店』②巻より。
デビュー後、1985年から「モーニング」でスタートした初連載『風子のいる店』。吃音を気にして引っ込み思案だった女子高生・風子が、喫茶店のアルバイトを通して人と関わる事に喜びを見出していく。日常的でハートウォーミングな作品ながら、店を訪れる客と風子のやりとりの中に、岩明さんらしい人間に対する冷徹で鋭い視線が光る。



—— 逆に、嬉しかったこと、楽しかったことを教えてください。

岩明  苦しい時期は、仕事がすごく大変に感じていたので仕事が終わった後の一杯の酒がとてもおいしかったです。一話描き終わって、次の作業に入るまでの短い間がとても嬉しく、楽しい時でした。幸・不幸は単なるコントラスト(※4)かなと、思ったりします。
※4 「幸・不幸は単なるコントラスト」
講談社漫画文庫『風子のいる店』②巻より。
「幸 不幸は多分に相対的なもんだ……」。風子のバイト先である喫茶店のマスターが、岩明さんの考えを映したようなセリフを言うシーンが。



—— 上村一夫先生のところでアシスタントをされていた時のことを教えてください。上村先生に言われたことで覚えていること、あるいは現場で見たり、感じたことで印象に残っていることを教えてください。

岩明  これは年齢は関係なしに、上村先生は「少年ぽい大人」で、アシスタントは私はもとより「未成熟な男ども」って気がしました。具体例はむずかしいのですが、ともかく「マンガ家」と「アシスタント」は別な職業だな、と感じました。その後、上村先生がやや例外的に「大人」だったんだ、と思うようになりました。

—— エッセイ漫画『アシスタントで覚えたこと』(『新装版 骨の音』巻末に収録)に「マンガとは一コマ一コマというより全ページでひとつの生き物なのだ!」と書かれていました。その意味について、詳しく教えてください。

岩明  例えば強く見せたい場面をより強く見せるには弱い部分を効果的に配置する事が必要で、部分部分はアンバランスだが全体では均整がとれてる、全体を俯瞰しつつ計画的にやらないとだめです、って事なんですが、これは単に私の好みというだけかもしれません。ほとばしる勢いのまま、行きあたりばったりでガンガン進めた方が面白いんだ! という意見もあるし、実際それでヒットを飛ばす人もいるみたいです。






期間限定特別配信!

このインタビューでも話題となった、岩明さんのちばてつや賞受賞作『ゴミの海』が、ただいま「週刊Dモーニング」の【ちばてつや賞増刊 vol.1】で読めます!

8月15日(土)0時~21日(金)23時59分の期間限定配信です。詳細はこちらのニュースをご覧ください!


第68回ちばてつや賞、締切迫る!

2015年度後期・第68回ちばてつや賞一般部門は、2015年8月31日(月)まで作品応募の受付中です!

応募要項等の詳細はこちらのインフォメーションページをご覧ください!
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プロフィール

門倉紫麻(かどくら・しま)
1970年、神奈川県出身。漫画ライター。
Amazon.co.jpエディターを経て、フリーライターに。「FRaU」「ダ・ヴィンチ」「レタスクラブ」などで主に漫画に関する記事の企画・執筆、コラムの連載を行う。
著書に、「ジャンプ」作家に漫画の描き方を聞く『マンガ脳の鍛えかた』、宇宙飛行士らへのインタビュー集『We are 宇宙兄弟 宇宙飛行士の底力』『We are 宇宙兄弟 宇宙を舞台に活躍する人たち』がある。

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