でも、なぜか漫画家になれない——。
そんな漫画家志望者のあなた。
熱意はあって当たり前。努力も言わずもがな。
才能は、確かにあったほうがいい。
でも、漫画家になるためには、それでは足りない。
「戦略」が、必要なのです!
漫画ライター・門倉紫麻が、作家陣へのインタビュー、モーニング編集部への
潜入取材を敢行して探った、その戦略とは!?
どこよりも実践的な漫画教室、開校!!
【20限目】 第9回THE GATE審査員・古屋兎丸さんインタビュー(前編)(2019/05/29)

全受賞作品を、「モーニング」「モーニング・ツー」「週刊Dモーニング」「コミックDAYS」「ベビモフ」「モアイ」のいずれかの媒体に掲載する“超実戦型”の新人賞《THE GATE》。
第8回から審査員に就任した古屋兎丸さん(月刊「モーニング・ツー」にて『アマネ†ギムナジウム』を連載中)に、2度目の選考となる第9回の応募締め切りを前にインタビューしました!
——古屋さんは「ジャンプスクエア」などいろいろなところで新人賞の審査員をされていますね。
古屋兎丸(以下、古屋) はい。また1誌やることが決まっていて……本当はあまりやりたくないんです(笑)。審査というのは、結構気力を持っていかれるんですよね。その人の人生を左右してしまうわけですから、中途半端な気持ちではできない。自分がおもしろいかおもしろくないかだけではなくて、この人にはどういう可能性があるのかということを、たった1作で読み取らなければいけない。「この人のセリフにこめた思いはなんなんだろう?」と考えながら、何回も読むので、ダメージが大きいです。
——そこまで考えて読んでいただいているというのは、応募者にとっては励みになると思います。
古屋 自分が描く時も、ここは読み取ってほしいなということを考えながら描いているので……。でも読む側はさらっと流して読んでいいんですよ。作る側は、流して読んだらストーリーはおもしろい、よく読んだらこのセリフに意味がある、と二重に作らないといけない。実際、授賞式で受賞者と話すと、その人なりの思いやバックボーンがあるので、「これはちゃんと読み取らないといけないぞ」とプレッシャーを感じますね。
——前回の大賞受賞作『大丈夫。世界は、まだ美しい。』の講評では「「これ読んでみて」とほかの人に勧めたくなる漫画」、そして「次の作品に何を選ぶのかが気になります」ともおっしゃっていました。
古屋 選考会の前の時点で、これはすごいな、おもしろいなと思っていました。ただこれが(恋人を亡くしたという)あまりにも特殊な体験を描いていたために、次にどういうものを描くのかが見えなくて、目指す場所がどこなのかが難しいなと思ったんですよ。でも選考会でみなさんと話していくうちに、「体験してものを描く」ことに秀でている方だから、そこを伸ばしていけばいいのかなと思うようになって。表現の仕方がおもしろいし、的確だし漫画的だ、と。絵の抜け具合もいい。エッセイ的な漫画に向いている絵ですよね。余白が多いと想像の余地も多くなりますから。
耽美なものを描くには「免罪符」が必要なんです
——古屋さんは現在、月刊「モーニング・ツー」で『アマネ†ギムナジウム』を連載中ですが、どういった経緯で連載に至ったのでしょう。
古屋 『アマネ』に限らずなんですが、ストーリーが浮ぶと、「どの雑誌が合うのかな?」と、声をかけてくださっている編集のかたの顔を浮かべるんです。それで『アマネ』は、「モーニング・ツー」だったらいけるのかな?と。電話でちらっとお願いしたら、その場ですぐ編集長に話してくださって。すぐにOKをいただきました。ネームも出していないのに? ずいぶんと自由だな!と思いました(笑)。
——オーダーが来て雑誌に合うものを考えるのではなく、まずはご自分の描きたいものありきなのですね。古屋さんらしい、少年たちの耽美な世界と、「モーニング・ツー」らしい大人の女性主人公という組み合わせです。
『アマネ†ギムナジウム』①巻10ページより。
古屋 天音はアラサーで「そろそろ結婚しなさい」などと言われたりもする、趣味と現実との狭間に生きているような人ですよね。僕のファンの人たちも、中学生くらいで『ライチ☆光クラブ』を読んでいたりすると、ちょうど今天音くらいの年齢になっているんですよ。その方たちの顔を思い浮かべながら描いたりしています。天音が向き合う「中学校時代の黒歴史」が、その方たちにとっては『ライチ☆光クラブ』かもしれないし(笑)。
『アマネ†ギムナジウム』①巻18ページより。
——天音の存在が、読者の共感を呼びますね。
古屋 両方を描きたかったんですよ。ギムナジウムをド直球でやりたい気持ちもあったんですが、それだとものすごくニッチな作品になってしまうし、今の時代にも少しそぐわないのかなと。なので、現代を生きているアダルトチルドレン的な女性を主人公にしようと思いました。それと、耽美なものを耽美なまま描くことに対する恥ずかしさがあるんです。それを客観視するような存在を入れることによって、耽美なものを描く免罪符をいただいているというか、それを言い訳に描いているようなところはありますね(笑)。
——それは意外でした。『ライチ☆光クラブ』を始め耽美な世界をどんどんお描きになるイメージが強いので。
古屋 『ライチ』もね、僕が一から考えた話じゃないですよ、という免罪符があるから描けるんです。
——80年代の東京グランギニョルの演劇を原作に描かれていますね。
古屋 それを現代に継承します、と。丸尾末広先生のような絵柄を取り入れて、「80年代そのもの」を表現した、80年代の評論本ですよ、ということですね。少年たちがロボットを作って、少女を誘拐してきて、そしてみんな殺しちゃう話を思いついたぞ、よし描こう!とはならないです。
——そういえば『インノサン少年十字軍』も、古屋先生らしい作品だと思っていましたが、史実として残る「少年十字軍」を題材にされているわけですね。
古屋 そうです。実際あった存在に、自分で肉付けをしていった。その時代の少年たちの身分の低さや、テンプル騎士団、奴隷制度など当時の世相を混ぜ込んで1本の話にすることで、自分が描く意味があるだろうと。何もないところから「少年十字軍、ていうのがあったらいいなあ」とか思いついたとしても描かない。言い訳が必要なんです。
「描いてみた」が大事です
——以前、漫画家志望者に必要なものは、才能とか技術ではなく「根性です」とおっしゃっていたのがとても印象的でした。「石橋を一生懸命叩いてからにしようみたいなことをするより、その辺に落ちている木でも何でもいいから使って渡ってやる!という気持ちがないといつまでも渡れないんですよね」と。
古屋 そうですね。古屋兎丸賞の『誰が為にブザーは鳴る』の里中くんは16歳なんですが、これを読んでいいなと思ったのは「描いてみた」という感じがしたからなんですよ。
——「描いてみた」ですか。
古屋 今、「やってみた」とか「踊ってみた」とか、動画を投稿する人がよくいますよね。それと同じように「描いてみる」のが大事なんです。漫画家になるためにまずアシスタントに入って技術を身につけよう、とかそういう考えはやめたほうがいい。まず自分で描いてからアシスタントをやるのはいいんですけど、先に描くことありきじゃないと。僕もアシスタントはやったことがないですし、いきなり描いて投稿を始めてみて、自分が何も描けないことがわかった。それでまずは4コマから始めようと思って描いたものがデビュー作になりました。
——漫画を投稿する前は、イラストを投稿していらしたそうですね。
古屋 中学時代ですね。「少年キング」という雑誌に似顔絵コーナーがあったんです。かなりレベルの高い似顔絵コーナーで、構成力とか技術力を要求される。例えばお題が(「少年キング」連載作の)『銀河鉄道999』だとしたら、鉄郎が真ん中にいて、後ろに点描でメーテル、奥には黒いベタの中に銀河系があって、そこから手前に向かって999が走ってくる……とか。
——ハイレベルですね……。
古屋 凝った画面構成でないと採用されない。グランプリだと大きく載って、金・銀・銅は中ぐらい、ほかはすごく小さく載る。最初は欄外の「もう一歩」のところに名前だけ載って、そのうち絵が小さく載って、しばらくしたら金銀銅に入るようになって……でもグランプリは取れなかった。それがいまだに悔しいです(笑)。たぶん高校生とか大学生の主戦場だったと思うんですけど、そこに混ざって戦うことで、こういう方法があるんだと技術を盗んでいたような感じですね。中学2、3年になるころには戦えていました。
いい作品は切り抜いてスクラップしていたんですけど、イラストの下に、作者が所属している同人誌名も載っていたんですよ。「HIT」っていう同人誌を出している人の絵が好きだったので、同人募集のコーナーの載っていた「HIT」の住所に手紙を送って、僕も所属させてもらって。一緒に同人誌を作っていました。やっぱり高校生くらいのお兄さんたちだったんですが、彼らから刺激をうけて、また自分の絵を「キング」に投稿したりしていましたね。こんなに凄い人たちがいっぱいいるんだ! この世界は広いぞ!ということを知りましたし、僕のペンの技術のほとんどは、あそこで手に入れました。
能動的に動く人しか作家になれない
——お好きだとおっしゃっている丸尾末広先生の作品に出会われたのは、高校時代でしょうか。
古屋 そうですね。高2くらいの時に、アンダーグラウンドのカルチャーが僕の中に一気に入ってきたんです。東京グランギニョルのようなアングラ演劇であるとか、インディーズの音楽だとか。同じ時期に丸尾先生を好きになりました。美術予備校に入ったのが大きかったですね。高校の友達からは入ってこない、マニアックな情報が入ってきた。
——『ライチ』単行本のあとがきには「東京グランギニョルと丸尾漫画から「価値観の基準」をいただいた(影響を受けたというのはたやすいけど間違っている)」と書かれていました。
古屋 そのあたりから、審美眼が自分の中に形成されたというんですかね。これは美しい、これは美しくない、とか。ただそれは高校時代の審美眼、価値基準であって、時代時代で変わってくるとは思うんですけど。
——漫画家を目指す人は、やはりカルチャーにはたくさん触れていたほうがいいと思われますか?
古屋 審美眼ができあがるまでは、能動的にいろいろなものを見たほうがいいでしょうね。高校から大学時代にかけては、食うものを削ってでもいろいろ見よう、という感じでしたから。バイト代のほとんどをつぎこんで、演劇を年間何百本も観ていました。見たり読んだりすることによって蓄積されるものってあると思うんですよ。それがないと、大人になった時に「俺は何もしてこなかったから描けないんだ……」っていう自信のなさにつながる気がするんです。見ておけば、「あの時の俺はたくさん見たぞ」という自信になって「今は調子が悪いだけだ」と思える。だから特に若い時期は貪欲に自分から行動して吸収すべきだと思うし……いや「すべき」と思ってやるものではないので、もともとの資質としてそれができない人はたぶんクリエイターに向いていないですね。
——当たり前のようにカルチャーを摂取している人でないと……。
古屋 ものを作ること自体、自分が動くしかないわけですから。向こうから依頼が来るのを待つのではなくてね。『アマネ』も先ほど言ったように僕からの提案ですし。依頼されて描くこともありますが、そういうものは今までの仕事の半分もないと思います。自らおもしろいものを探しに行くという行動が若いうちからとれない人は、作家にはなれない。
——デビューしたものの2作目以降が載らない、という話を聞くこともありますが、実は能動的に動けていない人も多いのかもしれません。
古屋 僕は仕事があくと、その時間に勝手に漫画を描いて、それを同人誌にしてコミティアで売ったりするんです。それも能動的な作業ですよね。今、『アマネ』のネームを最後までまとめて描いているんですが、それが終わったら『アマネ』の作画だけするのではなくて、新たな漫画のネームを描き始めるつもりです。出来上がったら、この漫画はどこに持っていったら載せてくれるのかな、と考えて持って行ってみる。今までずっと、そうやって自家発電することで仕事をしてきています。
——古屋先生であれば、来た仕事に応えているだけでも手一杯になるかと思いますが、そうはされないということですね。
古屋 人から言われて描いたものは、だいたいおもしろくないですからね。『π(パイ)』を描いた直後はセクシーな漫画の依頼ばかりだったんですよ(笑)。
——「おっぱい」の美を追求する少年のお話ですね。
古屋 僕は自分で一度能動的にそれを描いているわけですから、次も描くことはないですよね。実際、『π』の直後に描いたものが『ライチ』ですからね。
——まったく違うものを描かれた。ご自分で決めて、動かれている。
古屋 みうらじゅんさんが、自分は大学生の時「1人売れっ子」だった、とおっしゃっていて。頼まれてもいないのにしめきりを作って、毎月「ガロ」に漫画を持ち込んでいたそうなんです。載るわけではないんですよ、まだ。でも毎月描いて持ち込む。あとは友だちのために面白い落語をカセットテープに編集してあげたり、1日1曲作詞作曲してテープに録ったり、全国の大仏を見て回ってノートにまとめたり。全部、誰にも頼まれていないんですよ。でもすごく忙しい売れっ子なんです。それが今までずっと続いてきただけ、と。ものを作る人というのは、みんな1人売れっ子なんだと思う。僕も同じです。『アマネ』も1人売れっ子として描き続けていたので、何ヵ月か先行している。なので、4ヵ月で200ページという描きおろし(『明仁天皇物語』)を入れることもできました。
——描かれる題材も、本当に幅広いですよね。
古屋 いろんな自分がいるんですよね。邪悪な自分もいれば、清潔な自分もいるし、男っぽい自分もいれば、女っぽい自分もいる。自分はこうだと決めつけずに、素直にあろうとはしています。ただ同時に、「古屋兎丸らしくない」ものは描かないでおこう、とも思っていて。「ファンの人がこれを求めるか求めないか」ということは考えますね。「古屋さん、それはちょっと外れているんじゃないの?」と言う、プロデューサーの自分がいます。
——客観的にご自分を見ていらっしゃる。
古屋 『ライチ』とか『アマネ』とか『少年十字軍』とか古屋兎丸らしいという1本の筋は通しつつ、「これはやっておくと何かつながるかもしれないよ」と思える仕事は、本筋から離れていてもやることがあります。例えば、『彼女を守る51の方法』は公共事業的な仕事として引き受けたところがあって。
——震災が起きた時どんなことが起こり、どう対処すればよいのか、というマニュアルとしての役割もありますね。
古屋 「日本で生きている限り、地震からは逃れられない。だから描いておいたら?」というプロデューサーとしての判断がありました。その後に『少年十字軍』を描いているんですけど、僕のなかではつながっていて。
——一見、近い作品には思えないですね。
古屋 『彼女を守る』で「何かを取材して描く」という経験を経たこととつながっているんですよ。地震について調べたり、いろいろな人の話を聞いたりすることによって作品を作る、ということにおもしろみを見つけられたので、『少年十字軍』で当時の建物であるとか世相、風俗、そういうものを調べて描くことができました。
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プロフィール
- 門倉紫麻(かどくら・しま)
- 1970年、神奈川県出身。漫画ライター。
Amazon.co.jpエディターを経て、フリーライターに。「FRaU」「ダ・ヴィンチ」「レタスクラブ」などで主に漫画に関する記事の企画・執筆、コラムの連載を行う。
著書に、「ジャンプ」作家に漫画の描き方を聞く『マンガ脳の鍛えかた』、宇宙飛行士らへのインタビュー集『We are 宇宙兄弟 宇宙飛行士の底力』『We are 宇宙兄弟 宇宙を舞台に活躍する人たち』がある。
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