門倉紫麻 漫画家になるための戦略教室

熱意はある。努力もしている。「才能あるよ」とも言われた。
でも、なぜか漫画家になれない——。
そんな漫画家志望者のあなた。
熱意はあって当たり前。努力も言わずもがな。
才能は、確かにあったほうがいい。
でも、漫画家になるためには、それでは足りない
「戦略」が、必要なのです!
漫画ライター・門倉紫麻が、作家陣へのインタビュー、モーニング編集部への
潜入取材を敢行して探った、その戦略とは!?
どこよりも実践的な漫画教室、開校!!

【19限目】 第6回THE GATE審査員・山岸凉子さんインタビュー(後編)(2017/11/27)

全受賞作品を、「モーニング」「モーニング・ツー」「週刊Dモーニング」のいずれかに掲載する“超実戦型”の新人賞【THE GATE】

第6回から新たに審査員に就任した山岸凉子さん(「モーニング」にて『レベレーション(啓示)』を連載中)に、11月末の応募締め切りを前にインタビューしました!

どのような新人時代を過ごしたのか、読んでいて「引っかかる」作品とはどういうものなのか、そして「創作」において大事なこととは何なのか——。新人漫画家、漫画家志望者だけでなく、すべてのクリエイター必読の内容を、大ボリュームの前後編でお届けします!(前編はこちらで公開中!

2012年に福島の被災地から引き取った愛猫・コバン。取材陣に対してもまったく動じず、コピー機の横にある空き箱に収まり、このカメラ目線。



絵がうまいことより「自分の気持ちをこう描き表したい」という気持ち

——デビューしてからは、どんなふうに漫画家として活動していったのでしょう。

山岸 あの時代、編集部は次々と新しい漫画家を欲しがっていたのです。私にもデビュー作が載った段階ですぐに次の依頼が来て、それから毎月必死で描いていましたね。人気投票があったのですが、すごく厳しくて。上位4位までに入らないと、どんどん連載が終わっていくんですよ。

——デビューからしばらくは、先ほどおっしゃったみたいに、描きたい題材を好きな絵で描くというよりは、雑誌のカラーに合わせて描いていらしたんですよね。

山岸 自分を出してはいけないと思っていました。主人公は明るくて、ひたすら前向きな子。悩んだりする主人公なんて描いちゃいけないと思っていました。でもデビューして10ヵ月くらいに『春には青い芽が』という作品で、初めて自分の心情みたいなものを乗せて描いたんです。その子が密かに持っているコンプレックスをにじませた。でもこういうものを描いたら、また「『COM』向けだからダメだよ」と言われると思って、ドキドキしながら編集さんに見せて。そうしたら「これ、おもしろいよ。こういう調子で描いたら?」と言われたんですよ。そこで初めて、自分がおもしろいと思うものを描いていいのかなと思いました。
『春には青い芽が』(1970年)。人を笑わせることが得意な、人気者のブン子だが、転校生が言った「それじゃピエロじゃない」という言葉が引っかかり、悩むように。そんなブン子が初めて自分の本心をつづった美しい詩のタイトルが「春には青い芽が……」。



——山岸先生の個性が認められていったのですね。

山岸 ともえ里夫さとお先生に、「あなたは従来の少女漫画を描いているんだけれど、嚙み砕き方が人と違うんだよね」と言われたことがあって。「よくあるパターンのストーリーなのに、見ている角度が人と違う」と。私としては一生懸命、読者におもねっているつもりだったんですけれど。忠津ただつ陽子ようこ先生は、私の作品をデビュー作で初めて読んだみたいなのですが、すごく驚いたらしくて。(共通の友人である)大和さんに「山岸さんてこういう作品を描く人なの?」と聞いたそうなんです。そうしたら大和さんが「山岸さんはずっとそう」と答えた(笑)。

——忠津先生も、山岸先生が人と違う視点でものを描かれる方だと思ったんですね。そしてそのことを大和先生は最初から知っていた、と。

山岸 それを言われた時もね、自分では何がどう違うのかがわからなかった。二人でそう言い合ったという話も、私には謎でした(笑)。

——新人作家は「自分らしさ」みたいなものをどう出せばいいのだろうと悩むことも多いと思うのですが、意識して出せるようなものではないということでしょうか。

山岸 計算して描くことのできる人はすごいなとも思うのですが……私はそういう描き方はできないので。

——計算せずに描かれてきたのですか。

山岸 そうですね。私、若い頃ストーリーに困ることがあまりなかったのですよ。きっかけさえ与えてもらえばすぐに浮かぶ、という感じで……。

——新人の頃だけではなくて、ずっとですか?

山岸 一番ノっていたのは『日出処の天子』を描いていた頃ですかね。「私に一つ単語を与えてください。そうしたらストーリーを1本作ってみせます」と言えるくらいだったのです。
山岸先生の代表作の一つ、厩戸王子(聖徳太子)を描いた『日出処の天子』(1980年~84年)。その美しい生原稿を見せてくださった(「賭弓の儀」で王子が弓を射るシーン・完全版第3巻に収録)。作画に関しての苦労は? と聞くと、「この頃はノっていたので、絵を描くのも全然苦にならなくて。ノっている時は、表情が決まるのも早いです」との答えが。さらにこんなお話も。「これ実は2枚目の絵なんですよ。1枚目ですごく気に入った下絵ができたんですが、中心からちょっとずれていて。改めてトレスしました」(山岸先生)。



——名作短編がたくさんあるのは、そうやってどんどん作っていらっしゃったからなのですね……!

山岸 「これ使える!」というヒントが見えると、すぐに結末、オチが見えるんですよ。ヒントとオチが揃えば、その間を繫げばストーリーになるので。

——『日出処の天子』もそうやってできたものなのですか?

山岸 そうですね。あれもラストが最初にできていました。

——あのラストは最初から決まっていたのですね……。どのぐらいの長さになるのかということも最初から見えているのでしょうか。

山岸 それはやってみないと、というところはありますね。短編の場合はできるだけ短いページ数に収まるようにと思って描きますが、長編の場合はこことここは必ず描く、というところが決まれば、その間をどこまでも描いていくことはできます。ただたくさん描き過ぎると散漫になるというか、作者の自己満足になるので、潔く切るということもやっていくのですけれど。

——そんなふうに作っていらしたんですね。

山岸 この前、カズオ・イシグロさんが小説を書くということについて話していらしたのをテレビで観て。作品を作る過程は私と同じなのだろうなと思ったのですが、私が「そこはできるだけ意識しないで描こう」と思っている、創作することの意味のようなものを、イシグロさんがビシバシと言葉にしてしまっていて……。

——どんなことをおっしゃっていたのですか。

山岸 「小説に価値があるのは、それになんらかの重要な“真実”が含まれているからだ」というようなことをおっしゃっていました。私も、漫画に関して密かに同じように思っていたので、「ひゃー、答えを出してくれたわね」と(笑)。

——創作とは、ということへの回答のようなものを出してしまった。

山岸 ただ、真実までの間を繫ぐのは、その人の持っている想像力ですし、真実を描くために必要な「パワー」というものがあるんですよね。

——パワーですか。

山岸 このパワーがね……大人になると、理性のせいで出すことが難しくなるんですよ。でも若くて己を知らないうちは、恥ずかしげもなく発揮できる(笑)。くだらないとか恥ずかしいとかそういう気持ちより「だってこう描きたいんだもの」という、「~したい」気持ちが強い。私自身もそうでした。しかし、それが若さであり熱であって、読者はそこに惹かれるのです。

——以前、「今の若い人がもう疲れたとかで描かないのを見ると、『ちょっとちょっと!』と。『死に物狂いで寝ないで描くべき時期があっていいのよ』と思う」と話されていましたね。

山岸 すみません。年寄りの言うことで。疲れる以上に、描きたいものがあるのが若さだと言いたかったというか……。

——若い漫画家を見ていて、他に何か思うことはありますか。

山岸 これは絵が苦手な私の独断かもですが、みなさん、絵から入ってきちゃうんです。絵を描くのが上手な人が漫画家を目指すことが多いですよね。

——確かに、その風潮はあると思います。

山岸 でも実は、それが漫画家になってから苦しむ原因なんです。絵がうまいとか、絵を描くのが好きなことは、漫画家としてすごく大事な要素なんだけれど、その前に「自分の中にあるこの気持ちを、こう描き表したい」という気持ちを持っていることが大事だし、それがない人はですね、どんなに絵が上手でも途中で消えていくものです。描きたいものがある人が、漫画家として長く続くのです。



スランプでも、逃げずにとにかく漫画を描き続けた

——新人時代を振り返ると、一番つらかったのはいつ頃になりますか。

山岸 私はわりとわがままにやってきたので、あまりピンチというのがなかったんですが……『アラベスク』が始まった頃ですかね。編集さんに何を描きたいか聞かれたので、「バレエ漫画」と答えたんですが、その頃、編集部の人たちは私を持て余していて(笑)、「仕方ないから描かせるか」という感じで始まったんですよ。全3回の予定でした。そうしたら2回目を描いている途中で編集さんから電話がかかってきて、「山岸さん、2回で終わらせて」と言われたんですよ。3回でも収まらない内容なのに、2回ではとても終わらせることはできない! と絶望的な気分になりました。しかもですね、「次の作品では原作者を紹介するから」と言われたんですよ。私にとっては何よりつらい言葉でしたね。「人の作品は描けない」と思っていましたから。
『アラベスク』(1971年~75年)第1話より。自分に自信を持てずにいたバレエ学校の生徒ノンナ・ペトロワが、ソビエトの「金の星」ユーリ・ミロノフと出会い、才能を開花させていく。



——実際には『アラベスク』は大ヒットし、長期連載になったわけですが……。

山岸 2回で終わらせるように言われた1週間後くらいに、第1回の人気投票の結果が出たんですよね。そうしたら「山岸さんごめん、続けられるだけ続けて!」と(笑)。すごくいい編集さんだったんですよ。ただ今のように漫画が盛んな時代ではなかったので、漫画の何がよくて何がダメなのか、漫画のことがわかる人がすごく少なかったんですね。漫画とはほど遠い部署から移ってきた大人の方たちが編集者をしている感じだったので。

——そこからは、『アラベスク』はご自分の描きたいように描いていけたわけですね。

山岸 描いていいんだ! という感じで描きまくりましたね。

——漫画家になってどのあたりで、これを職業としてやっていけそうだぞ、と思われましたか。

山岸 最初から漫画家以外は考えられないと思っていましたが、いつも「食い詰めた自分」というのは想像していました。ずっと警戒しながら描いていましたね。『アラベスク』の頃も、自分がどのように漫画を描いているかも分析できていなかったので、描けなくなる時がいつ来てもおかしくない、と思っていましたから。臆病なタイプなので、常に先行きを心配しながら描いていました。

——スランプみたいなものは、デビューからだいぶたって訪れたそうですね。

山岸 自分が「こう描きたい」と思っていた世界が、一度消えてしまったのです。次に描きたいものが、自分の中になかなか見つけられなくて……ちょっと大変な思いをしました。

——どうやってそこから脱することができたのでしょう。

山岸 最終的に「私に残されている世界はこれだ」というものを見つけられて、やっと息を吹き返したという感じですかね。

——漫画を描くことから離れて何か違うことをしてみる、とかではなく、とことん自分の中を探ることで見つけられたのでしょうか。

山岸 そうですね。私が臆病じゃないタイプの漫画家だったら、漫画を描くのをしばらく休んでしまったかもしれませんね。でも私は、仕事をしないことがすごく不安なタイプで。だから「変な作品だ……」と思いながらも、とにかく漫画を描き続けた。その中で描きたいものがまた見えてきたのかなと思いますね。

——一度休んでしまって、そのうち描くことを辞めてしまう方がすごく多いと思います。

山岸 そこで逃げ場を見つけてしまう人も多いですよね。結婚して辞めてしまう、とか。幸か不幸か私は逃げ場を見つけられなかったので(笑)、この世界にいます。これしか向いていなかったものですから。



モットーは「驚かせたい」

——その後は、再びバレエ漫画『舞姫 テレプシコーラ』を大ヒットさせ、さらに現在は「モーニング」でジャンヌ・ダルクを主人公にした『レベレーション(啓示)』を連載されていて……まさに休むことなく作品を発表されています。『レベレーション(啓示)』はなぜ「モーニング」で描こうと思われたのでしょう。

山岸 はじめ、これは男性向けの作品になるな、と思ったんですよ。ジャンヌ・ダルクは男装の麗人……とまではいかないけれど、そういう女性のことは男性も好きですし、戦記ものだし、テーマももっと壮大にしていくつもりだったので。ただ描き始めてみたらちょっと計算違いだったかなという部分はあるのですが。

——どういう部分でしょうか。

山岸 最初はジャンヌをもっと否定的に扱うつもりだったんですよ。彼女のやったことは、一人の少女の「強烈な思い込み」からくるものだった、というような。でもあるところまで描いてきたら、ジャンヌに申し訳なくなってしまって……。否定的に描くには、ジャンヌはあまりに立派過ぎました。ネガティブな私にとって、前向きな女性を主人公に持ってくるというのは初めての経験なのです。正直、自分と分裂していてつらいですね。

——ハッとする表現がいくつもあって……「モアイ」内で阿部和重さんが指摘していらっしゃいますが(※現在は公開終了。電子書籍『阿部和重の漫画喫茶へようこそ!』に収録)、ジャンヌが啓示を受ける際に白く文字が浮かび上がってくるシーンには衝撃を受けました。
『レベレーション(啓示)』1巻より、ジャンヌが啓示を受けるシーン。「光」に囲まれ、顔を上げたジャンヌが受け取ったものが表現されている。



山岸 意識して描いたわけではないというか……それしか浮かばなかった。声でもないし、形でもないのですよ。心の中に響いてくるものなので、それを絵にするには、あの方法しかなかったのですね。「共感覚」というのがありますよね。あれに近いと思います。

——音に色がついて見えたりする感覚のことですね。

山岸 私も子供の頃にちょっとそれがあったのですけれど。あのシーンで声が聞こえてくるのは、実は光を浴びている状態。声も波動だし、光も波動ですよね。そのあたりの感覚が混じり合っているというか。それを表そうとした結果、ああいう絵になりました。

——今回の作品もそうですが、山岸先生からは、常に新しい試みを続けていらっしゃる印象を受けます。

山岸 私のモットーは「驚かせたい」なんです。今まであなたたちが知らなかった世界を見せてあげます……とズーズーしく思ってきたんですよ。

——まさに、いつも驚かされるというか、時にはひどくショックを受けるというか……。でもそれが山岸先生の作品を読む喜びなんですよね。

山岸 本当にブラックな内容で……いつも主人公の正気を失わせて、ね(笑)。今回インタビューを受けるにあたって、いろいろと考えてみたのですよ。なぜ私はそういう結末にするのかな、と。

——なぜなのでしょう。

山岸 主人公は最後に罰せられて当たり前、幸せになっちゃいけない、というふうに私はどこかで思っている。主人公は私の心情を述べている人物なので、私は自分という人間が罰せられて当然だと思っている、ということですよね。私は自分を許していないのです。

——自分を許していない、ですか。

山岸 私は極悪人というわけではないのですが(笑)。世の中には自分を受け入れられる人と、受け入れられない人とがいるんですよね。受け入れられる人は、作品もプラス思考の、明るくて人をほのぼのとさせるものになる。私のように自分を受け入れられない人は、ああいう結末の作品になる。

——客観的にはどうであれ、「自分が」自分のことを受け入れているかどうかで違ってくるということですね……。

山岸 でも世の中ね、正しいことを描かれて喜ぶ人ばかりではないのですよ。ブラックな部分、ダメな部分が描かれていることで、読んでいてほっとする人もいる。私の描くものが人様の役に立つこともあるんです……なんてね(笑)。

——ブラックなものを描くことで、先生ご自身の気が楽になったりもされるのでしょうか。

山岸 それはあると思います。よく、「山岸先生ってすごく怖い方だと思っていたのに、会うとそれとは正反対ですね」って言われるんですよ。

——失礼ながら、まさに今回そのように思いました……。

山岸 そう言われるということは、どうやら自分の中にある黒いものや汚いものは、全部作品の中に出させてもらっているようで(笑)。私はそれで楽になっているのだと思います。



応募者にも、とにかくびっくりさせてほしい

——これから「THE GATE」の応募作を読んでいただくことになりますが、どんなものが読みたいと思われますか。

山岸 うーん……とにかくびっくりさせてほしいです。それがどんなものかはわからないけれど。

——ご自身のモットーと同じく。

山岸 はい。ただね、刺激が強いものとか、ものすごく残虐なものとか、そういうびっくりではないんですよ。

——そうではないびっくりというのは、なかなか描くのが難しそうですね。

山岸 難しいですよね。でもそういうような人が万が一出てくると……天才の出現に立ち会えた! という感じで嬉しいのですが(笑)。

——今日おっしゃってきた、描きたいものがあって、それがにじみ出てくるような作品であれば。

山岸 そうですね。描きたいものがにじみ出るような人は、大感激とか大感動とはまた別のものではありますが、絶対に読み手に「おっ?」と興味を持たせることができると思います。(了)



第6回THE GATE、締め切り迫る!

第6回THE GATEの応募受付は、まもなく11月30日(木)締め切りです!(当日消印有効/ウェブ応募は同日23時59分まで受け付け)

応募要項等の詳細はこちらのページをご覧ください!
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プロフィール

門倉紫麻(かどくら・しま)
1970年、神奈川県出身。漫画ライター。
Amazon.co.jpエディターを経て、フリーライターに。「FRaU」「ダ・ヴィンチ」「レタスクラブ」などで主に漫画に関する記事の企画・執筆、コラムの連載を行う。
著書に、「ジャンプ」作家に漫画の描き方を聞く『マンガ脳の鍛えかた』、宇宙飛行士らへのインタビュー集『We are 宇宙兄弟 宇宙飛行士の底力』『We are 宇宙兄弟 宇宙を舞台に活躍する人たち』がある。

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