門倉紫麻 漫画家になるための戦略教室

熱意はある。努力もしている。「才能あるよ」とも言われた。
でも、なぜか漫画家になれない——。
そんな漫画家志望者のあなた。
熱意はあって当たり前。努力も言わずもがな。
才能は、確かにあったほうがいい。
でも、漫画家になるためには、それでは足りない
「戦略」が、必要なのです!
漫画ライター・門倉紫麻が、作家陣へのインタビュー、モーニング編集部への
潜入取材を敢行して探った、その戦略とは!?
どこよりも実践的な漫画教室、開校!!

【8限目】 特別インタビュー「僕が“森川ジョージ”になるためにやってきたこと」(1/4)(2016/08/25)

「週刊少年マガジン」にて、連載開始より今年で27年目を迎えるボクシング漫画『はじめの一歩』を連載中の森川ジョージさん。森川さんは、4歳の時から「ちばてつやになる」と決めて漫画家を目指していたという。

ちばさんに会うために「ちばてつや賞」の授賞式にもたびたび出席される森川さん(ご自身はちば賞出身ではありません)。その席で受賞者に、ちばさんの逸話やご自身のお話をしてくださるのですが、それがあまりに面白く、漫画家を目指す新人さんにぜひ聞いてほしい内容だったので、このたびインタビューを敢行しました!

小学3年生から「連載漫画」を描き、自ら「読者アンケート」を取るなど、漫画家になるための「戦略」を練り続けていたという森川さんの言葉には、すぐ真似したい「漫画家になるための具体策」が満載です!!

また、森川さんの漫画家人生を変えた、ちばさんの「ある言葉」も必読!

第70回ちばてつや賞の締め切りを目前(8月31日。応募要項はこちら!)に控えた今、取材時間2時間半、2万字超えの大ボリュームで全4回にわたりお届けします!!

写真=関根虎洸



【第1回】
4歳の時、「ちばてつやになろう」と思った


「国松くん」は生きている!

——ちばてつや作品との出会いは3歳のころだそうですね。

森川ジョージ(以下、森川) そうですね。3歳の時に白黒テレビでちばさんの『ハリスの旋風かぜ』が原作のアニメを観たんです。で、国松くんていう主人公が大好きになった。僕は体がちっちゃくて……向こうっ気は強いんだけど、ケンカすると負けちゃうから、いつも「チキショーッ」って思っていてね。でも国松くんは小さいのにいつも大活躍していたから、「僕もああなりたいなあ」って。国松くんは、「生きてる」と思っていたから。

——テレビの中の国松くんは実際にいる、と。

森川 そう。視聴者としてすごく模範的な見方をしてた(笑)。でね、それまではアニメしか観たことがなかったんだけど、4歳の時に床屋さんに行ったら、『ハリスの旋風』の漫画が並んでいて「あれ?」って思ったんですよ。これ知ってる! と。で、初めて漫画を読むわけ。そうしたら、「ここに国松くんがいる!」と思ってねえ。それがショックで。国松くんが生きていない、ってことがわかっちゃったわけですよ。
ちばてつや『ハリスの旋風』第3巻より。4歳の森川少年が初めて出会ったちば作品であり、初めて出会った漫画。小柄で負けん気の強い暴れん坊・石田国松が、ハリス学園で剣道、サッカーなど、さまざまなことにチャレンジし、人気者になっていく。
©ちばてつやプロダクション



——なるほど、テレビで動いているあの子が唯一の「国松くん」だと思っていたから。

森川 でもそこで、「国松くん」を生んだ人がいるんだってことがわかるわけじゃないですか。誰なんだろう、と思ったら、親切にちばさんの名前が書いてあるでしょう。しかも「ちばてつや」ってひらがなでね(笑)。その名前を覚えて「ちばてつやになろう」って思ったんです。漫画家っていう職業そのものを知らないから。その日から用もないのに、3日おきくらいに床屋に通うようになった。僕にとってはマンガ喫茶みたいな感じで、スッと入って行って。そこでほかの漫画にも触れていくようになるわけです。まあ、のちに「ちばてつやになろう」と思ったことが大間違いだったってことに気付くんだけど。

——えっ、どういうことですか?

森川 それはのちに語ったほうがいいかな(笑)。とにかく、ずーっとちばさんに憧れていたから、漫画家になろうと思ってからも、「マガジン」で描くこと以外考えていなかったですね。ちばさんと同じ雑誌に載るのが夢だったから。「サンデー」にも「ジャンプ」にも、行こうと考えたことはない。もしちばさんが「モーニング」で描いていたら「モーニング」を目指したと思うんだけど。



小2から中3まで長期連載をして、人気アンケートをとっていた

——漫画っぽいものは、いつから描いていらしたんですか?

森川 4~5歳くらいですかね。幼稚園のころは、広告のチラシの裏に絵を描いたり、コマ割りみたいなものもしていました。小2くらいになるとノートを買ってもらって、そこに漫画を描き始めた。前髪がとがっていて、ケンカっぱやくて、ちっちゃい男の子、っていう本当に『ハリス』の国松くんそのままの主人公です。で、大きい番長も出てくるという(笑)。

——そのノートは誰かに見せたりしていましたか?

森川 学校中の人に回していました。その漫画が連載になって中3まで続くんですよ。タイトルは恥ずかしくて言えないんだけど……。

——ぜひ教えてください。

森川 『俺は虫だぜ!』っていうの(笑)。主人公は体が小さいから「お前は虫か?」って言われている設定だった。

——小2から中3までというのはかなり長期連載ですね。ノート何冊分にもなったのでは?

森川 そうでもないんだよね。ほかの連載も並行してやってたから。売れっ子だったの(笑)。中学生になると、バンドマンが主人公の漫画を描き始めた。高校に入る直前くらいにはバイクに興味持つようになって、今度はバイク漫画を描く。自分らのバイクチームみたいなのができたんだけど、そいつらを主人公にして描いたりしてましたね。あと、読み切りばっかりのノートもあったんですよ。

——長期連載と並行して、短期連載や読み切りも描いていらしたんですね。すごいです!

森川 それでね、おそらくここが僕の、ほかの子と違うところだと思うんだけど、ノートの最後に「感想ページ」を用意したの。だから学校中を回って僕の手元に返ってくると、そこにびっしり感想が書いてある。要はそれが「人気アンケート」になっていた。その中で一番感想が多かった回にペン入れをして、のちに「マガジン」編集部に持って行ったわけですよ。

——雑誌の「読者アンケート」のシステムをすでに取り入れていたんですね……!

森川 プロ意識が高いんですよ(笑)。僕が子供のころって、漫画家っていうと貧乏で厳しい世界だとしか言われない時代だったのね。一つのパンを3つに割って朝昼晩で食べるとか、風呂はないから共同の流しで体を洗ったとか、そういう話しか聞いていなくて。だから初めからプロっぽく考えないといけないと思っていた。まずは10年くらい、「マガジン」編集部に原稿を持って行って、顔を覚えてもらおうと思っていたんです。名刺代わりなんですよ、原稿が。それでアシスタント先を紹介してもらえればいいかなと思っていた。

——最初に持ち込みに行ったのはいつですか?

森川 中学を卒業してすぐ。15歳でした。

——そこからわずか2年後、高3でデビューされるわけですが、そんなに早くデビューできるとは、ご自身でも思っていなかったんですね。

森川 思わなかったですね。でも、デビューを急いでもいたんですよ。10年修業しなきゃいけないっていう気持ちと、早くデビューしなきゃっていう気持ちが両方あった。ダブルスタンダードっていうかね。

——なぜデビューを急いでいたんですか?

森川 ちばさんと同じ雑誌に載りたいと思っていたから。中学生くらいになると「この人、僕が子供のころから『マガジン』に載ってたぞ……ということは、いつかいなくなってしまう!」ってわかるじゃないですか。あの人が「マガジン」に載っているうちに僕もデビューする、というのが命題だったんです。高校になんか行くつもりなかったし。でも僕、成績がちょっと良かったから、先生に「受験勉強しなくてもそのまま受ければ入れるから、高校くらい行っておけ」って言われて一応行ったの。でもさっさとやめるつもりだった。

——そうなると、高校では授業をきちんと聞くような気持ちもなかったのでは。

森川 授業中は持ち込み原稿のペン入れですよ。インク瓶も机の上に出してね。

——先生に怒られませんでしたか?

森川 いやあ怒られた、怒られた。黄色いチョークがバチーンって飛んできて「みんなの邪魔になるだろう!」って言われたの。「邪魔してねえだろう」って思いながら、原稿を見たらチョークで黄色くなっていて。なかなか消えないんだよ。「これ『マガジン』に持って行くのに」ってカチーンときて、そのまま教壇の先生のところまで走って向かって行って、バッカーン! と。それで1週間停学になったんだけど、ゆっくり家でマンガを描けたから良かったっていう……ひどいよね(笑)。

——ひどいですね(笑)。



リーゼントの不良が、少女漫画みたいな話を持ち込みした

——初めて「マガジン」に持ち込みをした時の編集者の反応はどうでしたか?

森川 「君は若いからどんどん原稿を描いて持って来て。ネームなんかいらないからさ」って言われたんですよ。でもその時、ネームが何かを知らなくてね。恥ずかしくて訊けないから「わかりました! 描いてきます!」ってすぐに次の作品を描いて持って行ったら、前回渡した原稿が「佳作になったよ!」って言われて。「なんスかそれ?」って。賞に出すとは思ってなかったから、びっくりして。

——思わず「なんスかそれ?」と。

森川 本当にそういう口のきき方だったの。こういう髪型で(リーゼントのトサカの部分を手で表現しながら)。横浜銀蝿とかが流行っていた頃の不良だから、わかりやすい頭をしてたんだよ(笑)。初めて講談社に来た時は、途中の駅でケンカを売られて、ボロボロの状態で行ったんだよね。髪が乱れてるのが気になってずっと触ってたし、僕がそっけないから、編集者もビビッちゃって。でも持って行った漫画を読んだら笑いだしたの。カチーンとくるわけ。「ギャグマンガじゃねえよ!」とか思ってさ。ずっとにらんでたら「いやあおもしろいね、キミ。これ(リーゼントの頭を指して)で、これ(漫画を指して)でしょ」と。少女漫画みたいなのを描いて持って行ってたんだよね(笑)。なんだよ、漫画がおもしれえんじゃねえんだ、って思ったけど。

——少女漫画ですか! どんな内容だったんですか。

森川 なんかね、ギターを弾く少年が児童養護施設を回っていて、そこで女の子を好きになる……みたいな読み切り。僕が不良っぽくてケンカっぱやかったのは、全部ちばさんが悪いの。だって国松くんとか鉄平とかジョーとか、全部そういうキャラでしょう。それに憧れちゃったから、僕もそうなっちゃった。でも、ちばイズムも持っているから、そういう、いい話も描きたいと思っちゃうんだよね。

——ハートウォーミングな話を描いてしまうんですね。

森川 それが「マガジン」の月例賞の佳作になって、次も佳作になって……その次は入選になったのかな。そこで担当編集が代わって、初めて「ネームを描こうよ」って言われたんですよ。で、「ネームってなんですか?」って訊いて。

——ようやく質問されたんですね。それまでは原稿用紙に一発描きだったんですか?

森川 いや、あの連載ノートがあるでしょう。あれがネーム代わりというか。さっき言ったように、連載の中の人気があった話にペン入れして持って行っていたから。だから恥ずかしいんだけど、最初の3作は、全部主人公が同じなんです(笑)。



温情でなんか、プロになりたくねえ!

——持ち込みすべてが月例賞に入るというのはすごいですね。デビュー作の『シルエット・ナイト』は持ち込みを始めて何作目の作品でしたか?

森川 4つめだね。アオリには「17歳」って書いてあるけど、16歳の時に描いた漫画。そう、このアオリに「ガンマ250を駆る17歳は高校3年生」って書いてあるでしょう。このせいで学校にバイクに乗っていることがバレたの。うちの高校、バイク禁止だったから、これでまた停学になった。職員室に呼ばれて「森川くん、デビューおめでとう! 君はうちの高校の誇りだよ」とか言われてさ、「で、免許ちょうだい」って(笑)。
高校2年生の時に描いたデビュー作『シルエット・ナイト』より。
ピンチになるとバイクで駆けつけるヒーロー・影の騎士(シルエット・ナイト)。その正体を知る者はいない。だがある日、ヒデの前に自分がシルエット・ナイトだと名乗る男が現れ、メグを賭けてバイクで勝負することに……。バイク、不良、ディスコなど当時の流行がふんだんに盛り込まれている。
デビュー作『シルエット・ナイト』のアオリを指差す森川さん。



——デビューが決まったところで2度目の停学ですか(笑)。

森川 あとね、担当編集からデビューが決まったって電話があった時、腹がたったんですよ。

——えっ、なぜですか?

森川 「準入選とったよ!」って言われたんだけど、「準入選ってなんスか?」って。だって、それまでそういう賞はなかったんだもん。「佳作よかちょっと上で、でも入選には届かなかった。だけど君、若いからさ、特別枠を作ったんだよ」って言われて。「なんだよ温情かよ」と思ってね。「そんなのいらねえよ!」って電話口で言った覚えがあります。温情でプロにならせてもらっても、ちばてつやのところに行けるわけがないからさ。

——いらねえよ、と言えたのはすごいですね。

森川 ……いやあ、気ィ強かったよね。賞金が27万円だったかなあ。佳作と入選の間の額だからすごい半端なの(笑)。そうだ、忘れもしない、新人賞の授賞式の時ね。椿山荘でやったんだけど、当時住んでいた埼玉からバイクで行ったんだよね。でも道に迷っちゃって。会場にたどり着いた時には、開始から40分くらい経っていたんだよね。行きたくねえなあと思いながらヘルメットを脱いだら、リーゼントがめちゃくちゃなわけですよ(笑)。遅れているにもかかわらず、椿山荘のトイレでまたしても髪をずーっと直してね。ダックテールっていうんだけど、リーゼントの後頭部が決まらないと学校にも行かなかった人間だからさ(笑)。で、タラタラ会場に入っていったの、学生服でね。そしたら「あ、森川さんが今来ました!」って言われて、「賞状を授与します」ってことで一人で登壇することになったのよ。だからちょっと目立ったんだよね。

——普通なら受賞者全員で上がるところですが、遅れて行ったばかりに一人になってしまったんですね。

森川 そしたら「子供じゃねえか」って声が聞こえて。「なんだとこの野郎」と思って、マイクで「先に生まれただけで威張るんじゃねえよ!」って言ったんだよね(笑)。それでカッカしてたら「お前おもしろいな!」って肩をバン!ってたたいてくれたのが、蛭田達也さん(代表作『コータローまかりとおる!』)。「お前の言う通りだよ。雑誌に載ったら、年は関係ないから」って言ってくれて。それがきっかけで蛭田さんとは仲良くなりました。

——熱い時代ですねえ。



デビューしたら、あっという間に魔物に食われた

——森川さんのデビュー作、拝読しましたが、とても完成度が高いですよね。

森川 全然ダメだね。今そうやって目の前で読まれているのを見てもカチンとくるもん。これ、新人に言うのは酷かもしれないけど……僕の持論では「若さは恥でしかない」。失敗を恐れずに勢いで行けって言われるけど、ちゃんと力をつけてからじゃないとダメだなって思いました。若さの勢いだけでプロの中に入って行って、恥をかいただけだった。ちばさんのところに行くのって、自分の冒険物語みたいなイメージだったの。「遠くに見える、あの富士山にたどり着くんだ!」って。でも、ふもとまできたら、あっという間に、山に住む魔物たちに食われちゃった。若さの良さっていうのは、傷口が早く治るってことだけかな。恥をかいてもまたがんばろうってすぐに思える。これが30歳を過ぎたりすると厳しいよね。

——では、森川さんはその後すぐにまた、がんばろうと思えたんですね。

森川 うん。高校在学中に「マガジンSPECIAL」っていう月刊誌で連載が決まったんですよ。高校卒業と同時に東京に来て連載してくれって言われて。いきなり「マガジン」本誌はきついから、まずは別冊の「マガジンSPECIAL」で力をつけてがんばろうって思っていた。ところがですね……連載5回目で「来月で終わりだから」って言われるんです。

——打ち切りはきっと、ショックでしたよね……。

森川 結構すぐ受け入れはしたんだよね。人気なかったんだろうなって。もうね、あからさまだったんですよ。自分で見ても、「自分の漫画はこの雑誌の中で一番パンチがねえな」って思ってたから。いきなり言われたから、どう終わらせていいかは困ったけど。

——ご自分の作品を、そんなに冷静に見られるものなんですか。

森川 漫画家はみんなわかっていると思いますよ。連載する前はほかの漫画家に対して「早くあいつの連載終わらせろよ。俺だったらもっとやれるぜ!」って思ってるんです。でも実際雑誌に載ってみると、タコ殴りにされるんだよね。化け物ばっかりいるから、丸腰で行っちゃだめなんですよ。戦える準備をして、武器を持って行かないと、誰一人やっつけられない。誌面に載ったら、いろんなことが顕著にわかる。でも「自分のここは通用するかな」っていうのもわかるしね。

——どこが通用すると思われましたか?

森川 僕ね、粘り強かったんですよ。唯一の武器がそれだった。18歳で「マガジンSPECIAL」で月刊連載をやりながら、週刊連載をしている先生のところでレギュラーのアシスタントもしていたんですよ。週3で泊まり込んで、帰って来て自分の漫画をずーっと描く、という生活を続けていた。

——ものすごくハードですね。

森川 でも絵の勉強をするのが好きだったから、行く先々で「次はどういう背景が出てきますか?」って訊いて、次までに予習して行ってました。バイクだったら車種も訊いて、仕事場ではソラで描けるくらいまで練習したよ。

——そんなアシスタントさんの話、聞いたことがないです。

森川 今そんなことやるやついないよね。だから僕、重宝がられましたよ。当時「マガジン」で連載していた『コータローまかりとおる!』も、『バリバリ伝説』(著・しげの秀一)も、『おがみ松吾郎』(著・伊藤実)も、『スーパードクターK』(著・真船一雄/原案協力・中原とほる)もアシスタントに行っている。40軒くらい行きましたね。




まだ間に合う! 第70回ちばてつや賞、締め切り直前!!

森川ジョージさんが敬愛してやまない、ちばてつやさんにあなたの漫画を読んでもらえるチャンス! 2016年度後期・第70回ちばてつや賞一般部門は、8月31日(水)締め切りです!(当日消印有効)

応募要項等の詳細はこちらのインフォメーションページをご覧ください!
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プロフィール

門倉紫麻(かどくらしま)
漫画ライター。
1970年神奈川県生まれ。慶應義塾大学卒業。Amazon.co.jpエディターを経て、フリーライターに。「FRaU」「ダ・ヴィンチ」「レタスクラブ」などで主に漫画に関する記事の企画・執筆、コラムの連載を行う。
著書に、「ジャンプ」作家に漫画の描き方を聞く『マンガ脳の鍛えかた』、宇宙飛行士らへのインタビュー集『We are 宇宙兄弟 宇宙飛行士の底力』『We are 宇宙兄弟 宇宙を舞台に活躍する人たち』がある。

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