GIANT KILLING extra

【インタビュー】 横浜F・マリノス アデミウソン選手(2015/11/19)



日本でのプレーへの不安はすぐに解消された

本人からしてみれば、当初の計画からは大きく逸れるとの思いがあったのであろう。日本の横浜F・マリノスへの移籍を打診されたとき、アデミウソンは戸惑いを覚えた。

「最初に代理人から日本への移籍に関する話を聞いたときは、正直、『どうなのかな?』と思いました。自分の人生設計の中では、ブラジルからヨーロッパに渡り、サッカーをするという考えがあったので」

そう考えるのはごくごく自然の流れである。

アデミウソンはU−17から各年代のブラジル代表に選ばれてきた。わずか18歳にしてブラジルの名門・サンパウロFCでプロデビューも飾った。来年、リオデジャネイロで開催されるオリンピックでも、U−23ブラジル代表の一員として活躍が期待されており、将来のセレソン(ブラジル代表)を背負って立つ逸材とまで言われている。

それだけにヨーロッパではなく、アジア、それも日本のクラブへの移籍は、彼にとって前進どころか後退とも言えた。

「代理人といろいろと話したり、家族とも話したりしていく中で、少しずつ日本でプレーすることに対して前向きになっていきました。もちろん、このプロジェクトにマンチェスター・シティFCが関係が深いということも、一つ大きな理由ではありました(※2014年5月、マンチェスター・シティFCのホールディング会社シティ・フットボール・グループと横浜F・マリノスは資本提携を伴うパートナーシップを締結した)。正直に言えば、誰かに何かを言われたことが決め手になったわけではありません。話していくうちに、徐々に徐々に決心がつきました」


異国・日本の文化にすんなりと適応できるかという不安もあったし、日本のサッカーに対する不安も少なからずあった。だが、空港に降り立つと、アデミウソンが抱いていた懸念はすぐに解消されていった。

「空港にクラブの人が迎えに来てくれたときもすごく温かい感じがしましたし、翌日、練習に参加したときも積極的にチームメイトが話しかけてくれた。ポルトガル語が通じなくても、なんとかして僕とコミュニケーションを取ろうとしてくれているのが伝わってきた。それはクラブ内だけでなく、サポーターもそう。どこにいっても、周りは僕のことを温かく迎え入れてくれ、受け入れてくれた。だからこそ、自分としては、今日までそれにお返ししたいという思いでプレーしてきた」

クラブの、チームメイトの、さらには日本の温かさに驚いたアデミウソンは、サッカーに対しても衝撃を受けた。

「おそらくですけど、自分はうまい選手だから、自分の好きなようにプレーしてやるという気持ちで来ていたら、うまくいかなかったと思います」

日本でプレーする多くのブラジル人選手から同様のコメントを聞いたことがあるが、アデミウソンもまた、日本のサッカーに似た感想を抱いていた。

「さらに成長しようとしている段階だとは思うけど、日本のサッカーはすごくしっかりしていた。ブラジルとは違って、やっぱり日本でプレーするにはまず走らなければならないし、守らなければならない。そこは日本に来て、勉強になったことです。日本に来て吸収したこと、成長したところはたくさんあります」

そう言って彼は自分自身を振り返った。

「日本に来た最初のころのプレーと、今のプレーを比較してもらえればすぐにわかると思います。最初のころは、頭では守備をしなければいけないとは思っていても、なかなかすぐに切り替えられなかった。エリク・モンバエルツ監督に何度も要求され、取り組んできた結果、いまではチームメイトがボールを取られたら、すぐに戻って守備ができるようになった。この日本で学んだ守備意識は、今後、どこでサッカーをすることになったとしても、自分自身にとってプラスになると思います」


偉大なる2人から学んだこと

アデミウソンが成長したのは、守備だけではない。横浜F・マリノスの偉大なる2人のベテラン選手の姿を見て、彼なりに感じるところがあったのだ。「初めて一緒にプレーしたとき、すぐにこの選手は周りの選手と少し違うなと思った」と、アデミウソンが語るのが、中村なかむら俊輔しゅんすけである。

「自分がもし、誰でも好きな選手とプレーしていいと言われたら、間違いなく中村俊輔を選びます。それほど彼は一緒にプレーしたい、そばにいてほしい選手の一人です。どこに動いても、どこにいても彼からはいいパスが出てくる。しかもFKでは、正面はもちろん、角度がある位置であっても、ほぼゴールになりますからね。本当に頼もしい存在です。

ただ、僕が彼から学んだのはそこだけじゃない。彼の素晴らしいところは謙虚さ。あれだけのキャリアや年齢を重ね、サッカー選手としても偉大な人であるにもかかわらず、彼は誰にでも謙虚な姿勢で接している。練習中や試合中に、『ここにボールが欲しかった』と言えば、素直に『ごめん、ちょっとパスがずれたね』と言い、次には対応してくれる。自分だけでなく、周囲に声を掛け、リーダーとしてチームを引っ張ってくれている」

もう一人は、中澤なかざわ佑二ゆうじである。「いまも、もしかしたら彼はグラウンドを走っているかもしれないですよ」と言い、アデミウソンは窓の外を眺める。

「ファビオともよくそのことについて話をするのですが、中澤はまた中村とは違った特徴のある選手ですよね。横浜F・マリノスで多くのことを成し遂げ、ワールドカップを始め日本代表でも多くのことを経験してきたトップレベルの選手であるにもかかわらず、いまも朝早くクラブハウスにやってきては、しっかり準備をしてから全体練習に取り組む。終わった後も、ジムで身体を鍛えたり、グラウンドを走ったりと、独自のトレーニングをする。彼は常に自分の身体のために何かしらやっているんです。まさに選手の鏡ですよね」

アデミウソンは、中村から「謙虚さ」を、中澤から「ストイックさ」を学んだ。

通訳を介したインタビューに飽きることもなく、こちらが質問しているときも、真っ直ぐに目を見て頷くアデミウソンも十分に謙虚である。そんな彼が2人の大ベテランに感化されたのは、ブラジル時代の教訓も影響していたのだろう。

「これまでのキャリアを振り返ったとき、いわゆる天狗になったことは一度もないと、自分では思っているのですが、育成年代を経てプロになったときに少しだけ調子に乗ってしまったことがあるんです。プロになると、お金を稼ぐことができますよね。スタジアムで試合をすれば、多くの観客が集まってくれる。活躍すれば、『うまい』とおだててくれて、みんなが自分のことをちやほやしてくれる。好きな車にも乗れるし、好きな洋服も買える。ちょっとこれまでの生活とは違う領域に達したなって勘違いしてしまったんです」


10代の若者が巨額を手にし、劇的に環境が変化すれば、調子に乗るのも仕方がない。だが、そこでアデミウソンは愛の鞭を受ける。

「そのとき家族……特に母親ですけど、怒られたんです。『ちょっと待ちなさい! 調子に乗らず、自分をちゃんと見つめ直しなさい』って。そこで “はっ”としたんですよね。母親に怒られたことで、本来の自分を取り戻すことができた」

開いた手のひらを、縦にしたもう一方の手でチョップするように強く叩き、当時の母親の叱咤を表現する。

「そのときには、すぐに受け入れられない部分もあったんですけど、いま思えば、いい母親ですよね」と、苦笑いを浮かべる姿は21歳の若者らしいが、そこで謙虚さを失わなかったからこそ、中村や中澤に共感できたのだろう。


周囲との連係を重視するサッカー哲学

その真摯な姿勢はプレースタイルにも現れている。アデミウソンは、多くのブラジル人ストライカーとはタイプが違う。エゴを前面に出して強引に個で勝負するのではなく、周囲を使い、使われながらゴールを目指す。

「ときには個で打開しなければならない状況もあるけど、1対1よりも2対1のほうがより相手に勝てるという考えがある。だからこそ、チームメイトとのパス交換によって突破したい。数的優位の状況を作ったほうが、より簡単にシュートまで到達できますよね。だからこそチームメイトとのコンビネーションを重要視しているんです」

それだけに横浜F・マリノスに加入してから今日までチームメイトの特徴を把握しつつ、自分自身の特徴も理解してもらえるように主張してきた。

「加入当初は、お互いの特徴を知らないので、自分の要求も、それこそ相手の要求もわからなかった。でも、練習や試合を重ねていく中で、お互いを理解してきたからこそ、いまは自分が好きな数的優位の状況を作り出せるようになってきた」

2ndステージに入り、アデミウソンがチームメイトに対して激しく要求する場面が増えているのは、まさに遠慮がなくなってきた証拠だ。

「いまは(齋藤さいとうまなぶ伊藤いとうしょう)とのコンビネーションが深まってきた。特に学とは、同サイドで重なったら、『お前は向こうに行け』『オレがあっちに行く』といった感じで、流動的に動けるようになっている」

2ndステージ第16節を終えて3位。第16節で鹿島アントラーズに敗れるまで、横浜F・マリノスが10戦無敗だったのも、アデミウソンが日本で成長し、チームに融合したことで、能力を最大限に発揮できるようになったことも大きい。


当初は日本でのプレーに懐疑的だったアデミウソンも、いまではこう実感している。

「いまは自分にとって一番いい選択をしたと思っています。日本に来たことは自分にとって大きなプラスになっている。もし違うチームに、違う国に行っていたら……ここまで成長できなかったのではないかとすら感じていますね」

いつの日か彼は世界に羽ばたき、夢だったヨーロッパを舞台に活躍することだろう。来年のリオデジャネイロ・オリンピック出場も目標の一つであり、通過点の一つだ。ただ……。

「年齢とともに世代別の大会の開催は限られてくる。だから、オリンピックは大きな目標の一つ。ただ、その前提にあるのが、チームでの活躍だと思っています。ベストイレブンにも選ばれたいですし、月間MVPも獲りたい。オリンピックはその活躍の先にあるもの」

来年、母国で開催されるオリンピックで、彼がカナリア色のユニフォームを身にまとい、懸命に前線から守備をし、チームメイトとのコンビネーションによってゴールを奪ったとしたら、横浜F・マリノスのサポーターは誇っていいだろう。その守備意識も、“謙虚さ”も“ストイックさ”も、彼は日本で身につけたと……。

喜田きだ拓也たくや)もU−22日本代表に選ばれていますよね。彼とはU−17ワールドカップで対戦しているので、もしオリンピックで対戦することができたら国際舞台で対戦するのは2度目になりますよね。自分もオリンピックには出たいので、お互い切磋琢磨していきたい。まあ、そのときはブラジルが勝ちますけどね(笑)」(了)


取材・文=原田大輔(SCエディトリアル)
写真=佐野美樹



アデミウソン(あでみうそん)

1994年1月9日生まれ、ブラジル出身。横浜F・マリノス所属。FW。176cm/74kg。
18歳にしてブラジルの名門サンパウロFCでデビューを飾り、U−17から世代別のブラジル代表に選ばれてきた逸材。テクニックに優れ、ドリブル、パス、シュートとすべてにおいて高い攻撃センスを誇る。今シーズン、横浜F・マリノスに期限付き移籍で加入し、2ndステージ第16節を終えて、32試合出場8得点を記録している。
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