GIANT KILLING extra

【ファミリー~Jリーガーと家族 ⑥】 柏レイソル 中川寛斗選手(後編)(2016/11/10)

『GIANT KILLING extra』の新しいインタビューシリーズが始まりました。

Jリーガーが語る、家族の物語《ファミリー》。いつも応援している選手たちの、普段見せない顔に、ぜひ出会ってください。

6人目の登場は、柏レイソル・中川寛斗選手です。前編はこちら

これまでに登場した選手たち

  • 【1人目】 川崎・小林悠選手(前編後編
  • 【2人目】 広島・森﨑和幸選手(前編後編
  • 【3人目】 浦和・柏木陽介選手(前編後編
  • 【4人目】 鹿島・土居聖真選手(前編後編
  • 【5人目】 湘南・菊池大介選手(前編後編



わずか12歳にして、大人になっても身長が150cm程度までしか伸びないという現実を突きつけられた。 それでもなお、中川なかがわ寛斗ひろとはサッカーを、夢を諦めなかった。それは父・正昭まさあきさんと母・直未なおみさんの育て方によるところが大きい。

「両親はいつも僕に対して自由を与えてくれたというか。自分で考えを見つけて、自分で行動して、それでダメだったらまた相談して、反省して、次につなげるということを自然と教えてくれました。だから、サッカーでうまくいかないときには、いつも親に相談していました。お父さんは、いつも試合を見に来てくれて。その帰りの車の中とかで、うまくいかなかったことを話すと、逆に『じゃあ、何でうまくいかなかったんだと思う?』って、いつも問いかけてくれたんです。だから、自然と自分も考えるようになる。そこで自分の頭の中が整理されて、自分自身の考えというものが確立されていきましたよね」

両親から常に問いかけられることで、自然と考えるくせがついていった。周りよりも小さかったこともまた、考える癖を身につけることへとつながった。

「体格がいい人は考えなくても、ある程度はプレーできてしまうところってあると思うんです。トラップしたとき、思っていたよりも遠くにボールを弾いたとしても、身体を使えば、ある程度の距離なら抑えることができる。だけど、僕は小さいから、少しチョンってミスしただけでも、相手に取られてしまう。だからもう、毎日が挑戦ですよね。小さい身体でどうやって(サッカーの世界で)生きていくのか。ただ、がむしゃらにやるのではなく、(身体が)小さくても大きい人に負けない部分はあるだろうし、大きい人にはできないこともあるだろうということを、常に考えてプレーしていました。もし、僕の身長が大きかったら、絶対に今のプレースタイルにはなっていない。考えに考えてプレーしてきたから今がある。ただ、考えてプレーするようになる時期が、人よりもちょっとだけ早かっただけのことなのかなとは思いますけどね」

中川を導いてくれたのは間違いなく、父・正昭さんだった。試合のたびに、失敗をするたびに、毎回、毎回、中川に問いかけ、答えを出させる。 その繰り返しの日々が、彼を賢く、そしてたくましく成長させていった。

ただ、いくら中川が身体的なハンデを克服しようとがんばっていても、自分ではどうにも解決できない苦難に直面したこともあった。


小さいことでいじめられていた少年時代

インタビューを初めてしばらく経ったときだった。中川は意を決したように語り始めた。再び部屋は重い空気に包まれたが、それだけ彼の決意を感じることができた。聞けば、家族についての取材を受けると知った日から、その話題に触れることになるだろうとの予感とも覚悟とも言えるものがあったという。

だから中川は、心許せる知人に、「たぶん自分の過去を振り返る取材があるんだけど、そのことについて話すと思うんだよね」とあらかじめ告げていた。

そして、その知人は「せっかくの機会だから話してくれば」と、中川の背中を押してくれたという。

「僕が子どものころにつらかったというか苦しかったのは……小学校3~4年生のときですかね。小さかったけど、サッカーが大好きで、周りよりもちょっとはうまかったから、上の年齢のカテゴリーでプレーさせてもらっていたんです。その嫉妬なのかなって思うんですけど、学校でいじめられていたんですよね」

突然の告白だった。再びこちらもソファーに座り直す。冷静を装い、彼の話に聞き入った。

「最初は誰にも言えず、毎日が憂鬱ゆううつでした。そのころは友達も本当に少なかった。学校が終わったら、すぐにサッカーに行っていたので、放課後に友達と遊ぶこともしてなくて。だから友達にも相談できる人が全然いなかったし、親にも言い出せなかった。そのころ、ちょうど、柏レイソルのU-12に入ることが決まって、それでまた小学校のクラブチームでもいじめられました」

同級生からしてみたら、身長が低いにもかかわらず、サッカーがうまいことが生意気に映ったのだろう。悶々もんもんとした日々を送っていた中川に、そっと手を差し伸べてくれたのは、やはり両親だった。

「あまりサッカーの話をしなくなったというか、きっと家に帰っても、全然、話さなくなったから、おかしいと思って察してくれたんだと思います。両親は、いきなり『いじめられているのか?』って本題に入るのではなく……なんだろう……一気に核心を突くのではなく、徐々に周りを固めていって、最後に本質に迫るじゃないですけど、僕が話しやすいような状況を作ってくれたんです。だから僕も素直に言うことができた。いじめられていた時期のことを思い出すと、今でも両親に救われたなって感謝しています」

ただし、プレーする場所が変わっても、似たような状況は続いた。

「そのときのチームメイトは純粋な子が多くて、サッカーだけでなく、ゲームや遊びにも夢中になっていて。きっと誘惑に勝てなかったんでしょうね。でも、僕は本当にプロのサッカー選手になりたかったから、一人でボールを蹴っていた。それが面白くなかったのか、仲間外れにされるようになって。次第にエスカレートしていくと、自分で抱えられる許容範囲を越えてしまった」

さすがにこのときばかりは、中川も親に弱音を吐いた。

「もう、サッカーやめたいんだけど……」

苦悩する息子の叫びを聞いた父・正昭さんは、このときも問いかけてきた。

「お前はサッカーが好きなのか?」「それともやめたいのか?」

いつものように問いかけてきた父親に、中川もいつものように考えると、こう返した。

「サッカーは好きだよ」

正昭さんは優しく、それでいて力強く返事をしてくれた。

「サッカーが好きならば、プロのサッカー選手になりたいならば、今までどおりサッカーを続ければいい」

もし、自分が親だったらどうするだろうかと考えた。息子がいじめられている。さらに、その息子は身体が小さいというハンデもある。自分だったら違うチームでプレーすることを勧めてしまうような気がした。ただ、中川の両親は違った。しかも、親の意向で勝手に決めるのではなく、息子の揺るぎない意思をみ取り、続けることを提案した。そして正昭さんは、クラブと相談すると対策を練ってくれた。クラブもまた、真摯に対応してくれたことで、中川はサッカーをやめることなく、柏レイソルU-15、U-18と、プロへの階段を駆け上がっていった。

「きっと、僕が本当にサッカーをやめたいと思っていたら、やめさせてくれていたと思います。でも、両親は、僕の気持ちを問いただして、本当はどう思っているのかを聞いてくれた。このときも、やっぱり自分の考えを尊重してくれたんです」


自分も子どもができたら、理想を押しつけず一緒に答えを見つける

「考え、行動し、相談し、反省して、また考える」ことで中川は成長していった。いつしか身体が小さいというハンデもコンプレックスではなくなり、強みへと変わっていた。

「僕にしかできないことがあるって言うんですかね。長身の選手は考えなくてもできるところが、僕は考えなければできない。もちろん、そこまで足が伸びるのかとか、うらやましいことは羨ましいですよ。でも、その分、僕は考えて失敗して、また考えて成功に辿たどり着く。その繰り返しでサッカーをしていることが楽しいし、喜びでもあるんです」

小さいことすら強みに変えた彼にとって、今ではいじめられた過去も強みになっている。

「人の気持ちや痛みが分かりますからね」

柏レイソルのトップチームに昇格するも、プロ1~2年目は湘南ベルマーレに期限付き移籍することになった。それでも、子どものころから追い続けてきたプロサッカー選手という夢を叶え、「それはもう両親は喜びましたね」と、当時を振り返った。

「それで初めて一人暮らしをすることになったんですけど、引っ越しを終えてバイバイするときには、お母さんはボロボロ泣いていましたね。でも、お父さんが泣く姿は、今まで一度も見たことがないんです。そんな強い人って感じには見えないですけど(笑)」

そう言って中川は誇らしそうに笑った。

「自分もいつか結婚して子どもができたら、両親と同じように育てたいなって思います。自分の理想を押しつけるのではなく、自分で答えを見つけられるというか、一緒に答えを見つけていけるような育て方をしたい」

その言葉を聞き、自分も子どもができたら、こんな息子に育てたいなと思った。目の前に座る中川は申し訳ないが、やはり小さく見える。だが、スタジアムの記者席から眺めると、その身体はひとまわりもふたまわりも大きく見えるから不思議だ。

取材中、『GIANT KILLING』の中に出てくる一節を思い出していた。監督の達海たつみたけしが、若手選手である椿大介にこう語りかけるのだ。

「コンプレックスを持っている奴は強いぜ」

身長155cm、日本で一番小柄なJリーガーは、だからピッチで大きく見える。(了)


取材・文=原田大輔(SCエディトリアル)
写真=佐野美樹

中川寛斗(なかがわ・ひろと)

1994年11月3日、埼玉県さいたま市生まれ。MF。地元・浦和でサッカーを始め、9歳から柏レイソルU-12でプレー。U-15、U-18を経て、2013年にトップチームに昇格した。昇格と同時に、2013~2014年は湘南ベルマーレに期限付き移籍し、2015年に復帰。155cmの小さな身体ながら、今季は運動量と高い技術を持ち味に出場機会を増やしている。現在、最も身長の低いJリーガー。



《ファミリー》7人目の登場は、
川崎フロンターレ・谷口彰悟選手です。
ただいま発売中の「モーニング」50号で
インタビュー前編が読めます!
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