GIANT KILLING extra

【ファミリー~Jリーガーと家族 ⑥】 柏レイソル 中川寛斗選手(前編)(2016/11/02)

『GIANT KILLING extra』の新しいインタビューシリーズが始まりました。

Jリーガーが語る、家族の物語《ファミリー》。いつも応援している選手たちの、普段見せない顔に、ぜひ出会ってください。

6人目の登場は、柏レイソル・中川寛斗選手です。

これまでに登場した選手たち

  • 【1人目】 川崎・小林悠選手(前編後編
  • 【2人目】 広島・森﨑和幸選手(前編後編
  • 【3人目】 浦和・柏木陽介選手(前編後編
  • 【4人目】 鹿島・土居聖真選手(前編後編
  • 【5人目】 湘南・菊池大介選手(前編後編



深呼吸でもするかのように、中川なかがわ寛斗ひろとは言葉を吐き出した。

「いや、もう絶望ですよね。本当に……」

柏レイソルが用意してくれた一室は、しばし静寂に包まれる。思わずこちらも座り直して、次の言葉を待った。

「僕は大人になっても150cmまでしか(身長が)伸びないんだって……プロには170cm、180cmの選手がいっぱいいるのに。もう、サッカーが上手とか下手とかよりも、まず自分の身長が伸びない……このままずっと身長が伸びないのかなって思いました」

当時小学校6年生だった彼に突きつけられた現実は、あまりにも厳しいものだった。子どもながらに、抱きはじめたばかりの夢がはかなく思えた。



小さいからやめるのか? 小さくてもがんばるのか? 父親に問われた思い

学生時代はバドミントンに精を出していた父・正昭まさあきさんと陸上競技に情熱を注いでいた母・直未なおみさんの次男として、中川は生まれた。両親がスポーツ好きだったこともあり、埼玉県さいたま市の家には、地元・浦和レッズのグッズがあふれていた。だから、幼稚園に通うころには自然と、2歳上の兄・竜一りゅういちさんとボールを蹴るようになる。ただ、物心がつく前から、同年代の友人よりも極端に身長が低かった。

「小学生になって本格的にサッカーを始めたときから、誰よりも小さかったですね。左右どこを見ても、みんな自分より大きい。小さいから最初はなかなか試合にも出られなくて。それで小学1年生くらいから定期的に病院に通うようになって、いろいろと検査しました」

文字通り、誰よりも息子の成長を願っていた両親は、普段の生活から気を遣ってくれていた。

「今思えば、少しでも身長が伸びるようにと、体に良いものを選んで食事を作ってくれていたように思います。あと、就寝時間に関しては、特にお母さんからうるさく言われました。いわゆる(身長が伸びる)ゴールデンタイムと言われる時間には寝るように、自然と促してくれていた。でも、夜、ふっと目が覚めると、両親が話しているんです。何となく、自分のことを相談しているんだろうなということは分かりました。雰囲気ですよ。でも、そこは親子だから何となく分かるんです」


小学校6年生の時点で中川の身長は127cm。その年ごろの男子の平均身長が約150cmということからも、いかに彼が小さかったかが分かる。 「手や足の骨端線こつたんせんを調べると、あとどれくらい身長が伸びるかが分かるらしいんですよね。それで調べてみたら、20歳になっても150cmまでしか伸びないって言われたんです」

冒頭の発言は、その検査結果を知った直後に彼が抱いた心境である。「それでも最終的には155cmまで伸びているんで」と言って中川は笑ってくれた。

成長を心配した周囲からも、両親と本人にさまざまなアドバイスがあったという。その中には、医療的な処置をしたらどうかとの提案もあった。

「柏レイソルのU-12でプレーしていたときも、監督が代わると、まずは身体能力やシュート力があるかどうかを見られてしまって、背の低い僕はそれで試合に出られなくなることもあった。しかも、U-15に上がれるかどうかのタイミングだったので、なおさら試合に出てアピールしなければならない。悩みましたよね。周りからは、この治療法はどうだとか、(成長する)注射を打ったらどうかとか、いろいろとアドバイスを聞いたんですけど、僕はそれが何だか悔しくて。自分なりにあれこれ考えているときに、お父さんに言われたんです」

それが、中川が覚悟を決めるきっかけとなった。

「お前は小さいからサッカーをやめるのか? それとも小さくてもあきらめずにがんばるのか? どっちを取るんだ」

父・正昭さんは決して命令や指図をすることはなかった。いついかなるときも中川自身の意思を尊重してくれた。

「そのとき思ったのは、もし自分が、がんばってサッカーを続けてプロになることができたら、その後、同じ悩みを抱えている子どもたちに勇気を与えることができるんじゃないかなってことだったんですよね。だから、自分で考えて、医療には頼らないことに決めました」

医療的な処置も、本人が望んだならば、両親は協力してれたのかもしれない。振り返れば、悩んでいるときも、苦しいときも、いつも両親は話を聞き、相談に乗ってくれた。ただ、常に「自分がどうしたいか」を最終的には問われた。だから、サッカーをやめたいと思うほど悩んだときも父親にこう聞かれたのだ。

「お前はサッカーが好きなのか?」「それともやめたいのか?」 (前編了)


取材・文=原田大輔(SCエディトリアル)
写真=佐野美樹

中川寛斗(なかがわ・ひろと)

1994年11月3日、埼玉県さいたま市生まれ。MF。地元・浦和でサッカーを始め、9歳から柏レイソルU-12でプレー。U-15、U-18を経て、2013年にトップチームに昇格した。昇格と同時に、2013~2014年は湘南ベルマーレに期限付き移籍し、2015年に復帰。155cmの小さな身体ながら、今季は運動量と高い技術を持ち味に出場機会を増やしている。現在、最も身長の低いJリーガー。



中川寛斗選手のインタビュー後編は、
ただいま発売中の「モーニング」49号ですぐ読めます!
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