GIANT KILLING extra

【ファミリー~Jリーガーと家族 ②】 サンフレッチェ広島 森﨑和幸選手(後編)(2016/09/15)

『GIANT KILLING extra』の新しいインタビューシリーズが始まりました。

Jリーガーが語る、家族の物語《ファミリー》。いつも応援している選手たちの、普段見せない顔に、ぜひ出会ってください。

二人目は、サンフレッチェ広島・森﨑和幸選手の登場です。前編はこちら



2006年にオーバートレーニング症候群に陥った森﨑和幸は、2009年に今度は慢性疲労症候群で再度長期離脱を強いられた。

発症すると、不眠や食欲不振に悩まされ、全身は疲労感と倦怠感に襲われる。サッカーは疎か、日常生活すら困難になった。それでも妻・志乃さんをはじめ、多くの人々に支えられた森﨑は、ピッチに戻ってきた。もう二度と繰り返したくないと思うから、再発の防止にも努めていた——それでも三度目はやってきた。

2010年4月11日、森﨑和幸はAFCチャンピオンズリーグを戦うため、サンフレッチェ広島のチームメイトとともに中国の山東省に向かった。

「行く前から、目が見えにくいなっていうか、ちょっと体調がおかしいなとは思っていたんですよね。でも、その前年も同じ症状で離脱していたので、今年は休みたくないなって思ってました」

だが、現地に着くと状態は悪化した。当時、指揮を執っていたミハイロ・ペトロヴィッチ監督(現・浦和レッズ)に相談し、先発から外してもらった。2日後に行われた山東魯能戦はベンチで見守ると、チームはアウェイの地で逆転勝利を収める。それがまた、森﨑の心を深く抉った。

「劇的な勝利だったから、試合後、ホテルに戻ってきても、みんな喜んでるんですよね。(弟の)浩司と同部屋だったんですけど、あいつも得点していたから、さすがに興奮してた。でも、僕の気分はどんどん沈んでいく。不安に支配され、みんなと同じ空気の中にいられないわけですよ。とにかく、早く帰りたいとしか考えてなかったですね」

異国の地だったことが、さらに症状を悪化させた。福岡まで帰る機内でも不安は増殖し続け、博多駅から広島駅に向けて新幹線に乗り込む頃には、もはや心は限界に達していた。

森﨑は衝動に駆られるように、携帯電話の液晶画面に文字を打っていた。送信先は妻の志乃さんだった。

「オレがサッカーをやめるか。それともオレが死ぬか。志乃が選んでくれ」

森﨑には分かっていた。彼女ならば、どんな答えを返してくれるかが……。

「前年も志乃に支えてもらって復帰できた……またって思わせることが、とにかく申し訳なかった。だから、『死ぬ』か『やめるか』だったら、『やめていい』って言ってくれるって分かっていてメールしたんです」


引退を決意していた森﨑の背中を押した、妻のひと言

広島駅に着くと、志乃さんが迎えに来てくれていた。

「やめてもいいよ」

志乃さんは予想していた答えを返してくれた。安堵したのか、彼女の言葉を聞いた森﨑の目からは、堰を切ったように涙がこぼれ落ちた。

「(遠征中)ずっと嫁さんに会いたいなって思ってたんです。会ったら安心したのか、涙が止まらなかった。精神的にギリギリだったこともあって、よく覚えてないんですけど、その後は『よく帰ってきたね』『よくがんばったね』って声を掛けてくれたと思います。その優しい言葉を聞いて、余計にまた涙が溢れてきました」

翌日から森﨑は、再び慢性疲労症候群により練習を休んだ。

「前年に苦しんでやっと復帰して、2010年は(チームと)1年契約でしたし、もう後がないと思ってました。2009年は自分がいない中で、チームは4位まで躍進した。だから2010年は自分が戻ってきて、さらにチームが良くなったと思わせたかった。そういう気持ちが強かったからこそ、また症状が出たことへのショックが大きかったんですよね。現実が受け入れられず、急激に落ちました」

症状が出るたびに「やめよう」と思っていたが、このときばかりは「やめる」と決心していた。パソコンに向かい、次の仕事を探したこともあった。そんな姿を見かねた志乃さんからは、こう告げられたという。

「中途半端に休んだままサッカー選手をやめたら、次の仕事を探しても雇ってくれるところなんてないよって言われたんです。やめるのはいいけど、ちゃんと練習に復帰して、シーズンが終わるまでサッカー選手として全うして、きちんと現役を終えないとって。確かにそうだなって思って、ぶっちゃけ引退するために、ここに来たんです」

インタビューを受けている森﨑が指す、“ここ”とはスタジアムではない。彼の背中越しには緑色した芝生が眩しい練習場が広がっていた。こちらが頷くと、彼はもう一度、繰り返した。

「そう。引退するために練習場に来たんです」

ただ、周囲はそうは見ていなかった。森﨑が再び練習場に姿を見せ、トレーニングを重ねると、ペトロヴィッチ監督はすぐさまレギュラーを意味する赤色のビブスを手渡してきた。

「3回目の(離脱の)ときは4~5ヵ月くらい何もしてなかったかな。それで復帰して全体練習に合流したら、すぐにレギュラー組のビブスを渡された。僕はまだ自信がなかったので、控え組でいいですって言ったのに、黙って通訳さんが渡してきました。ただ、不思議なのは、自然とやらなきゃという責任感が働いて、動いてみたら普通にやれたというか……。ただ、それでもやめるという前提は変わらなかったんですけどね」

今から6年前のことだけに、もう時効だろう。2010年9月25日のJ1第24節、ホームの鹿島アントラーズ戦で森﨑は復帰した。だが、実はこのときも彼は「やめるためにプレーしていた」のだ。ペトロヴィッチ監督から先発を言い渡されたとき、彼は「断ろうとすら思っていた。さすがにそのときは志乃とも揉めた」と明かしてくれた。

「監督との信頼関係はありましたし、僕がたとえ変なプレーをしたとしても、責任は自分にあるって言ってくれるのは分かっていた」

森﨑はペトロヴィッチ監督への感謝を惜しまない。ただ、このときも、最後に背中を押してくれたのは志乃さんだった。

「2回目に復帰したときは自信もあったんですけど、このときばかりは全くなかったんですよね。でも、志乃が『5分でもプレーしてみてダメだと思ったら自分から交代したいって言えばいいじゃない』って言ってくれたんですよね」

結果、森﨑は63分までピッチに立った。その後も先発に起用され続けると、自然と意欲が湧いてきた。約1ヵ月後にはナビスコカップ決勝のピッチに立ったが、そのときにはもう、勝利への意欲に満ち溢れていた。おそらくそれは、彼に宿るサッカー選手としての本能だったのだろう。

森﨑が志乃さんとともに歩んできた苦悩の日々を振り返る。

「志乃は一度も僕にプレッシャーを掛けるようなことは言わなかったですね。『もう離脱しないでね』って言われたことは、一度もないんです。何でも受け止めてくれるというか、本当に器がでかい。僕は志乃に何でもぶつけてしまうし、吐き出してしまうんですけど、すべてを受け止めて、冷静に客観的に答えてくれる。メンタルも強いし、動じない。嫁さんがサッカー選手だったら、自分よりもっと上に行けたのかなって思うときもありますね(笑)。僕にとって最高のメンタルトレーナーです」


首にメダルを掛ける。そこに言葉は、いらなかった

2010年を最後に、森﨑はケガ以外の理由でチームを離脱することはなくなった。今も完治はしていないが、自身の身体や精神と向き合い、うまく付き合っていく方法を見つけた。いついかなるときも、そして誰よりも近くで見守ってきてくれた志乃さんにはいくら感謝してもしきれない。

「少しは返せたんですかね」と森﨑が語るのは、復帰から約2年後——2012年のJ1初優勝だった。森﨑は優勝の瞬間をピッチで味わい、チームメイトと歓喜を分かち合った。家族とも優勝後には喜びを嚙みしめたが、その後は取材対応に加えて、祝勝会もあり、家路に着く頃には夜明け近くになっていた。

帰ると家にはまだ明かりがついていた。扉を開け、妻の姿を見た森﨑は、歩み寄るとそっと首に優勝メダルを掛けてあげた。

そこに言葉はいらなかった。

「メダルの重みを志乃にも感じてほしかったんですよね」

二人にはそれで十分だった。

「やっぱり人生って苦しいことだけじゃないんだね。苦しんだ分だけ、良いことも返ってくるんだよね」

志乃さんはそう声を掛けてくれたという。

「過去に辛く苦しいことがあって大変でしたけど、それがあったから初めての優勝争いのときも、僕はプレッシャーを感じることがなかった。もっともっと苦しい思いをしてきたから。だから、浮き足立つこともなく、1年間やり切ることができた。志乃がいなかったら、ここまで長くプレーできていないかもしれない。やっぱり途中でやめていたかもしれないですね」

森﨑は、2012年の初優勝から昨季も含め、3度のJ1優勝を経験した。プロ17年目を迎え、今年の5月21日に行われたJ1 1stステージ第13節に先発出場すると、史上14人目となるJ1通算400試合出場を達成した。「最高のメンタルトレーナー」とともに、彼は今なお強く、逞しく成長している。 (了)


取材・文=原田大輔(SCエディトリアル)
写真=佐野美樹

森﨑和幸(もりさき・かずゆき)

1981年5月9日、広島県生まれ。MF。サンフレッチェ広島のユースで育ち、高校3年生にしてJリーグデビュー。慢性疲労症候群などにより長期離脱した時期もあったが、双子の弟・浩司と共に広島一筋でプレーし、今季でプロ17年目を迎える。5月21日には史上14人目となるJ1通算400試合出場を達成した。



《ファミリー》3人目の登場は、
浦和レッズ・柏木陽介選手です。
ただいま発売中の「モーニング」42号で
インタビュー前編が読めます!
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