GIANT KILLING extra

【ファミリー~Jリーガーと家族 ⑧】 鹿島アントラーズ 永木亮太選手(前編)(2016/12/01)

『GIANT KILLING extra』の新しいインタビューシリーズが始まりました。

Jリーガーが語る、家族の物語《ファミリー》。いつも応援している選手たちの、普段見せない顔に、ぜひ出会ってください。

8人目の登場は、鹿島アントラーズ・永木亮太選手です。

これまでに登場した選手たち

  • 【1人目】 川崎・小林悠選手(前編後編
  • 【2人目】 広島・森﨑和幸選手(前編後編
  • 【3人目】 浦和・柏木陽介選手(前編後編
  • 【4人目】 鹿島・土居聖真選手(前編後編
  • 【5人目】 湘南・菊池大介選手(前編後編
  • 【6人目】 柏・中川寛斗選手(前編後編
  • 【7人目】 川崎・谷口彰悟選手(前編後編



ピッチでのプレースタイルをひと言で表現すれば、“激しい”になるだろう。それが鹿島アントラーズでプレーする永木ながき亮太りょうたの印象だ。昨シーズンまで在籍していた湘南ベルマーレで、キャプテンマークを巻いていた彼は、プレーでも、背中でも、チームを牽引するリーダーシップがある。

ただ、目の前に座る永木は、男らしいというよりも、どこかフワッとしている。それがなぜなのかは、次の言葉を聞いて、すぐに納得した。

「子どものときからすごい人見知りだったんですよね。今もまだ、そうなんですけど……」

自慢じゃないが、こちらもこれだけ選手にインタビューをしていながら、実は“大” の人見知りである。だから、そんな2人のやり取りは、やはり当たりさわりのない会話からスタートした。



一人息子の可能性を切り開いたのは、いつも母親だった

1988年に生まれた永木が、幼稚園に入ろうかという頃に、Jリーグは開幕した。世間は空前のサッカーブームである。だから、川崎市に住んでいた当時の永木も、他の子どもたちと同じく、自然とサッカーに強い興味を抱いていた。

「当時の住まいが、等々力とどろき陸上競技場に近かったということもあったんですよね。ヴェルディ川崎(現・東京ヴェルディ)が注目を集めていて、かなり盛り上がっていた。幼稚園の友達もみんな、サッカーボールを持っていて、サッカーシューズを履いていた。その流れで僕も両親からサッカーボールを買ってもらったのが始まりですかね」


ただ永木が、他の子どもたちと少し様子が違ったのは、その行動である。

「覚えているのはヴェルディの試合を繰り返し見ていたことですね。それも同じ試合を何回も。当時はビデオでしたけど、録画してもらった同じ試合を何回も何回も、もう暇さえあれば、見ていた記憶がありますね。まあ、両親は、それを見せていれば、僕が静かにしていると思っていたのかもしれません(笑)」

おそらく多くの子どもが、家ではアニメやヒーローものに興じる中、永木はサッカーの試合に夢中になっていた。その様子からも両親は、愛する一人息子がサッカーを好きなことは十分に感じ取っていたのだろう。

「母親が応募してくれた観戦チケットのプレゼントが当たったので、友達の家族と試合を見に行ったこともありました。ホント、何試合かですけど、それも強く記憶に残っています。あと、これも母親なんですけど、ヴェルディのスクールに申し込んでくれて、これも抽選に当たったので、スクールにも通っていました。すぐ隣でトップチームが練習していたこともあって、プロの選手たちのプレーをたくさん間近で見られて、うれしかったことを覚えています」

そんな永木少年が、本格的にサッカーを始めたのは、小学校1年生のときだ。

「(引っ越した先の)FC奈良でサッカーを始めました。同時にヴェルディのスクールにも通っていたんですけどね」

その後、プロになっただけに、「子どもの頃から、うまかったのか?」と聞けば、照れながらも「うまかったですね」と答える。

「地元のチームの中では上手だったと思いますよ。そこそこ有名でしたし。当時、背番号は『24』だったんですけど、『奈良の24番ってうまいよね』って感じで言われていましたから」

一人っ子だったため、親の愛情や期待を一身に背負っていたのだろう。そんな永木の可能性を広げてくれたのは、またしても母親だった。

「小学4年生のときですかね。母親にヴェルディジュニアのセレクションがあるから受けてみればって言われて、受けたら合格したんです」

そして永木は、地元のFC奈良をやめ、Vヴェルディ川崎ジュニアでプレーすることになった。

ただ、そこで彼は大きくつまずく。それは、のちのちプロサッカー選手になる子どもにありがちな挫折ざせつなどではなく、苦悩とでも表現すればいいだろうか。

「練習のある日は、朝、学校に行くときから憂鬱ゆううつで。午後になって、サッカーの練習に行く時間が近づいてくると、今日はどうやって練習を休もうかを考えていましたね」

子どもながらに、父親にはもちろん、母親にも言えなかった。

「幼いながらも母親が作ってくれた道だということを分かっていたからかもしれないですね」

永木の経歴を見ると、小学校4年生から5年生までがV川崎ジュニアになっており、小学校6年生に当たる2000年に、再びFC奈良との記載があるのはそのためだった。 (前編了)


取材・文=原田大輔(SCエディトリアル)
写真=佐野美樹

永木亮太(ながき・りょうた)

1988年、神奈川県生まれ。MF。中央大学を経て、2010年に湘南ベルマーレへ加入。プロ2年目に主力へと台頭すると、2013年からは主将を務め、2014年のJ2優勝、2015年のJ1残留に貢献した。今季より鹿島アントラーズに移籍。豊富な運動量と激しいプレーで存在感を示している。



永木亮太選手のインタビュー後編は、
ただいま発売中の「モーニング」1号ですぐ読めます!
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